進まない日本の遠隔治療
ほかにも本書では、医療や教育など、個別の領域でのリモートについて、検討している。
なかでも、遠隔治療の最先端では、目を見張るような技術が開発されている。医療先進国では、コロナの感染拡大に対応すべく、2020年春に医療体制を遠隔治療に向けて大きく転換した。アメリカでは、在宅のまま医療サービスが受けられる遠隔医療プラットフォームが爆発的に広がった。
しかし、日本では医師会の反対などのために、遠隔治療はほとんど利用されていない。遠隔治療への転換は、コロナ対策だけでなく高齢化への対策として、日本で重要なインフラとなるので、拡充を求めている。
教育についても、日本の取り組みは遅れている。世界の多くの国が一斉にオンライン教育を導入した。ところが、日本では基礎教育段階のオンライン教育は、公立校では進展しなかった。他方、私立校の取り組みは早く、格差が広がっている。
文部科学省は、小中学生に1人1台のデジタル端末を整備する「GIGAスクール構想」を進めた。野口さんは、機器の配布は確かに必要だが、それより重要なのはオンラインで何を伝えるかだ、と指摘している。
とくに、大学教育をオンラインだけで行うことに対しては、学生から不満がある。それでは、オンラインでできないこととは、一体何なのか? 「キャンパスに通うこと」それ自体に意味があるのか、とあった。野口さんによると、大学の歴史において、初めて本質的な問いが突きつけられている。新たなオンライン型高等教育にとって代わられる可能性も示唆している。
一方、ビジネスにも変化が生まれた。オンラインセミナーは、ラジオやテレビのような一方向の伝達ではなく、一体感をもつ人々とのコミュニケーションとして注目されている。この分野でも、リアルな講演やセミナーの代用品ではなく、新しい可能性を開くもの、と期待している。
実際、これまで産業の中心だった交通関連企業の業績が落ち込み、新しく登場した「リモート関連企業」が目覚ましく成長している。前者の代表が鉄道会社やエアラインであり、後者の代表がGAFAやZoomだ。
働き方に関しても、出張を見直してテレビ会議などに切り替えている。コロナが終息しても元には戻らない可能性が高い。リモート技術の時代に、リニア新幹線は必要なのだろうか? そんな基本的な問題も提起している。
さまざまな分野でリモート化が進めば、地方都市との距離がなくなり、経済活動が大都市から地方に移るだろう、と野口さんは考えている。日本の地域構造が変わり、個人個人のデジタル化が浸透することで、日本再生が進むと期待している。
(渡辺淳悦)
「リモート経済の衝撃」
野口悠紀雄著
ビジネス社
1760円(税込)