「60万人ショック」契機に移住定住対策進める
二度の緊急事態宣言で、職が持てるなら、何も大都市に執着しなくてもよい、という事実に多くの人が気づき始めたことだろう。もっとも、鳥取県はコロナ前から、移住対策に取り組んできた。その契機は、知事に就任して間もない2007年10月。鳥取県の人口が、ついに60万人を切るという「60万人ショック」だった。
それまで市町村が行ってきた移住対策に県が乗り出すことにした。小中学校全学年少人数学級化、高校卒業までの医療費支援、中山間地保育料無償化など、「子育て王国」推進の政策を進め、全国の若い子育て世代の心にも届き始めた。
県内には17の移住者支援団体や、移住した先輩のチューター組織「とっとり暮らしアドバイザー」が生まれ、新規の移住定住希望者を支援している。
こうした努力が実り、「住みたい田舎ベストランキング」などで鳥取県の各地が上位を占めるようになった。その結果、2015年度から2019年度までの移住者数累計は1万427人。当初の目標8000人を前倒しで実現した。
本書では、鳥取県に本社機能の一部を移転した企業をいくつか紹介している。
面白いと思ったのは、「副業」へ注目したことだ。これまでの移住定住政策は、住所を移し定着することを目指してきた。しかし、これにこだわると、人数に限界がある。そこで、住まいはそのままに鳥取県で生活してもらうことや、週に何日か鳥取県の会社で働いてもらうことでも、双方にメリットはある。
大都市部にいる経験豊富なビジネスパーソンたちの知恵や経験を、鳥取の企業に役立ててもらおうと、2019年、東京で「地方創生!副業兼業サミット」を開催。「鳥取県で週一副社長」と銘打ち、人材を募集した。鳥取県の14社に対して、1363人もの応募があったそうだ。
その結果、12社の県内企業に23人の副業採用が決まった。2020年9月にもオンラインで、サミットを実施した。人材募集にも71社から手が上がり、1209人が応募。52社83人の採用が決まった。シンガポールやオランダに住む人も副業で働くという。平井さんは、以下のように期待している。
「新型コロナは、働く場と住む場を相対化させる『パラダイムシフト』へと引き金を引いた。この流れを引き込めれば、鳥取県に関わりを持つ『関係人口』が生まれることで、地域が新型コロナの先の未来に向けて発展する道が、開けるかもしれない」
平井さんは、本書の最後に「咳をしても一人」という自由律の俳人・尾崎放哉の句にふれている。尾崎は鳥取市出身で県庁近くに墓があるそうだ。
「鳥取県では、咳をしても『一人』にはさせない。そういう『孤独』は絶対につくるまい」
この結びの言葉からも、平井さんの強い意志を感じる。人口が少ないからこそ、守られる命がある。コロナ禍は、地方が持つ力をあらためて日本人に教えてくれた、と言えるかもしれない。
(渡辺淳悦)
「鳥取力」
平井伸治著
中公新書ラクレ
857円(税込)