いまさらだけど「ネットは広大だわ」 サイバー攻撃がもたらす世界の危機

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   新型コロナウイルスによるパンデミックが広がるなか、コンピュータ・ウイルスによる脅威にも人類はさらされている――。

   本書「サイバーグレートゲーム 政治・経済・技術とデータをめぐる地政学」(千倉書房)によると、軍事や選挙、サプライチェーンなどにかかわるサイバーセキュリティの問題が、地政学的なリスクを反映したものになりつつある、と警告している。

「サイバーグレートゲーム 政治・経済・技術とデータをめぐる地政学」(土屋大洋著)千倉書房

   著者の土屋大洋さんは、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科兼総合政策学部教授。博士(政策・メディア)。

   冒頭、さまざまなサイバー攻撃の例を紹介しているなかで、新型コロナのワクチン開発をめぐるサイバー攻撃は興味深い。

   米国司法省は2020年7月、米国や日本の企業・団体にサイバー攻撃を仕掛け、情報を盗み出していたとして33歳と34歳の中国人男性がワシントン州の連邦地裁で起訴されたと発表した。ワクチンや治療薬に関する情報を含む知的財産を狙っていた、という。

   また同じ頃、英国、米国、カナダの3カ国は、ロシア政府とつながりのあるハッキング・グループAPT29もまたワクチンに関連してサイバー攻撃を行っていた。

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米国に「サイバー軍」がつくられた!

   ほかに、大規模なサイバー攻撃として、2017年に「ワナクライ」と呼ばれる悪性プログラムによるものが知られている。150カ国、20万件とも30万件ともいわれる被害が出た。

   感染すると、コンピュータの中身が暗号化され、鍵を手に入れないと元に戻せなくなる「ランサムウェア」と呼ばれる悪性プログラムが使われた。データを元に戻す鍵を手に入れるためにはランサム(身代金)を犯人に払わなくてはならない。

   一連の事件で、身代金を払ったのは300組程度と見られている。しかし、犯人が引き出したビットコインの総額は1500万円程度だとされ、金銭目的のサイバー攻撃としてはほとんど失敗だった、と土屋さんは見ている。

   では、何が目的だったのか。

   北朝鮮やロシアが業務妨害を目的にしたという説もあるが証拠はないという。

   そうしたなか、米国の国防計画は陸、海、空、宇宙に次いで、サイバースペースが第5の作戦領域である、と考えている。2010年にはサイバー軍が創設された。

   未来の戦争はクロスドメイン(領域横断)になる、というのは、ハリー・ハリス前米国太平洋軍司令官。本書では、以下の言葉も紹介している。

「例えば、陸軍が、船を沈め、人工衛星を無力化し、ミサイルを打ち落とし、部隊を指揮統制する能力をハックしたり、妨害したりできなければならない」

   つまり、陸軍の敵は陸軍ではなく、敵の海軍であり、空軍であり、宇宙軍であり、サイバー軍であり......、軍種を超えた戦闘が未来の戦争になるというのだ。

   北朝鮮のミサイル実験が何度か失敗したのは米国のサイバー攻撃が功を奏した、というニューヨーク・タイムス紙の報道を取り上げている。

   土屋さんは「北朝鮮に対するサイバー攻撃はすでに終わったか、あるいは新たな段階に入ったと考えるべきである」と書いている。

米国大統領選挙にロシアがサイバー攻撃?!

   第3章「選挙介入とフェイク・ニュース」では、2016年の米国大統領選挙を揺さぶった2つのサイバーセキュリティ問題に触れている。

   クリントン候補の私用電子メール問題と民主党に対するサイバー攻撃である。フェイク・ニュースを組織的に流したり、データを盗んで暴露させたりしたのはロシアのGRU(ロシア軍参謀本部情報総局)であると米国政府は非難。ロシアの外交官35人を追放し、ロシア政府が米国内で使っていた2つの拠点を封鎖した。

   上述のことはよく知られているが、2018年の米国中間選挙で、ロシアのサイバー攻撃を米国のサイバー軍が食い止めたことはあまり知られていないだろう。

   これは、米国大統領選挙をめぐるネット世論工作部隊として知られるロシアのIRA(インターネット・リサーチ・エージェンシー)を米国サイバー軍がインターネットから追い出した、というものだ。そこまで米軍が出来た理由について、土屋さんはこう書いている。

「国政選挙に外国が介入することで、米国が奉じる民主主義の根幹が損なわれれば、国家安全保障上の危機であるという認識があったからだ。2016年の介入後、米国政府は選挙システムの保護を、重要インフラのひとつ『政府施設』に含めることにした。そのため、サイバー軍が選挙防衛に従事できるようになった」

   ちなみに、日本ではサイバー軍も、それを可能にする法制度もないし、日本の選挙に外国が介入したと報じられたこともないが、土屋さんは「巧妙な介入に備えるべきだ」と提言している。

   米軍は現在、サイバー軍を軍種のひとつではなく、統合軍のひとつとして格上げして位置づけている。また、「イスラム国(IS)」へのサイバー攻撃を公に認めるなど、サイバー攻撃を隠さなくなった。

   日本の自衛隊にもサイバー部隊はあるが、権限、能力、規模ともに米国サイバー軍には及ばない。とはいえ、能力の向上は必須だ、と指摘している。

   本書の先見性に感心した箇所がある。「今後、大きな戦争が起きるとすれば、その際は海底ケーブルが切断され、サイバースペースが分断される危機があることに目を向けるべきである」と警鐘を鳴らしているのだ。2022年1月、海底火山の噴火によって海底ケーブルが切断され、情報が遮断されてしまったトンガのことを思った。

(渡辺淳悦)


「サイバーグレートゲーム 政治・経済・技術とデータをめぐる地政学」
土屋大洋著
千倉書房
3740円(税込)

 
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