コロナ禍で、多くの企業や労働者が苦しんでいる。失業者は増え、中小企業を中心に倒産が相次いでいる。GDPは激減し、日本経済が疲弊している。
この現状を救うためには、個人への継続的な現金給付「ベーシックインカム」の導入が必要だと、本書「毎年120万円を配れば日本が幸せになる」(扶桑社)は主張する。
しかし、財源はどうするのか? 将来世代が借金で苦しむのでは? そんなにお金をもらうと働かなくなってしまうのでは? そんな疑問に、二人の専門家がわかりやすく答えている。
「毎年120万円を配れば日本が幸せになる」(井上智洋・小野盛司著)扶桑社
個人への継続的な現金給付、月いくらが適当なのか?
著者の1人、井上智洋さんは駒澤大学経済学部准教授。博士(経済学)。専門はマクロ経学。著書に「人工知能と経済の未来」「ヘリコプターマネー」など。
もう1人の小野盛司さんは日本経済復活の会会長、日本ベーシックインカム学会理事。理学博士。著書に「人間の行動と進化論」「政府貨幣発行で日本経済が甦る」など。
ベーシックインカムや現金給付に対して、「ばらまきはよくない」という批判が出る。しかし、政府は企業に対してはばらまきをやっている、と井上さんは指摘する。日銀やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がETF(上場投資信託)を買い、株価をつり上げているというのだ。
それならば、人々に直接お金を配ったほうが個人消費は伸び、実体経済はちゃんと動くと主張する。
個人へ継続的に現金給付をするとしたら、月いくらが適当か。小野さんは月10万円、井上さんはインフレ率を考えると、月7万円程度だったら持続可能と考えている。
ベーシックインカムの財源はどうするのか? 井上さんは税金を財源とする「固定ベーシックインカム」と、日銀が景気に合わせて増やしたり減らしたりする「変動ベーシックインカム」の両方を考えている。後者の財源は。日銀が刷るお金だ。
変動ベーシックインカムのイメージについて、こう説明している。
「いわば日銀がETFを買って、企業や株主にお金をばらまいているのと同じことを、家計にも適用した制度です」
どれだけお金を配るかを政府ではなく日銀が決めるというルールを作ると、日銀がインフレ率を達成することができると考えている。
ベーシックインカムへの反対論として、「人々が働かなくなる」というものがある。これは額による、と井上さんは説明する。いわく、1人に月30万円も40万円もあげたら、みんな会社を辞めてしまうが、月7万円なら、ほとんどの人は辞めない、と見ている。
事例として、カナダのドーフィンという町で1974~79年に行われた大規模な社会実験を紹介している。
人口1万3000人のうち30%の1000世帯に年間200万円を支給(1世帯は4人家族を想定)したところ、幸福度が上がった、交通事故が減った、などポジティブな面があった。
また、労働供給は若干減ったが、それは10代の人たちが働かなくなって学校へ行くようになったというポジティブなものだった。働かないで怠けるようになったという人はほとんどいなかったという。
お金をばらまくことについて根拠にしているのが、「MMT」と呼ばれる現代貨幣理論だ。「独自通貨を持つ国は債務返済に必要なだけ自国通貨を発行できるため、インフレにならない限り財政破綻を恐れずに財政出動できる」というものだ。ただし、「国債を発行しすぎることで金利が上がり、返済不能になる」などの批判もある。
だが、日本は莫大な額の国債を発行し続けているにもかかわらず、金利の上昇やインフレなどの経済的混乱は起きておらず、「日本はMMTが正しいことを証明した」と評する経済学者もいる。
ベーシックインカム、シミュレーションしてみた結果...
小野さんは「コロナ収束にお金をかけるかかけないかで、日本経済の先行きは変わる」と提言している。井上さんも「コロナだけでなくデフレマインドが不況の原因だ」と書いている。そのマインドを変えるためには、緩やかなインフレ状態をつくり出せばよかったという。
マネーの量を増やすには、プラス金利の間であれば「金利を下げればマネーが増える」と、普通の経済学では考えられている。
だが、ゼロ金利までいった場合は、普通の金融政策では打つ手がなくなる。金融政策がダメなら、あとは財政政策しかなく、定額給付金のように直接お金をばらまけばマネーの量は増えるという。
ところが、それと真逆のことを政府はやってしまった。消費増税によって、お金を回収したのだ。
一方で今回、小野さんは、日本経済新聞社が開発した「NEEDS日本経済モデル」を使い、現金給付をした場合、消費税を現在した場合などをシミュレーションしている。
まったく給付しない場合、年間40万円、80万円、120万円と比較した。民間最終消費は支給額に比例して伸び、120万円では、2020年の同時期より約80兆円おおい370兆円を突破した。消費者物価指数は2年後にやっと2ポイント上昇するだけであり、年平均1%のインフレ率にとどまった。また、企業の利益も拡大し、賃金も数%アップするという試算だった。
最終章、2人の対談も興味深い。お金を配ることのいちばんの目的は需要を増やすこと。そして、緩やかなインフレ状態をつくって、経営者や労働者のマインドを変えていくことによって、長期的な生産性の向上につながっていく投資やチャレンジ精神が出てくることを期待している。
小野さんのシミュレーション結果には、与野党の多くの国会議員が賛同している。しかし、財務省の締め付けにより、政策に反映してこなかったという。本書は小野さんの提言を、経済学者の井上さんが理論的にフォローしていることに、大きな意味があるように思う。本のタイトルは少し奇異だが、中身は学問的にも裏打ちされた、しっかりしたものだ。
(渡辺淳悦)
「毎年120万円を配れば日本が幸せになる」
井上智洋・小野盛司著
扶桑社
1430円(税込)