正月三が日には例年、大手企業がテレビや新聞に企業イメージを高めようとメッセージ性のある広告を出稿している。2022年の正月も多くの広告が世に出たが、なかでも「#クルマを走らせる550万人」と銘打ったキャンペーンが目を引いた。
出稿したのは、日本自動車工業会(自工会)など自動車関連5団体の連名。ふだんは激しい販売競争を繰り広げ、「呉越同舟」とも称される団体がこうした広告を打った背景には何があるのか――。
コロナショック、脱炭素...... 曲がり角の自動車業界
「昨年は新型コロナウイルスとの戦いを続けながら、カーボンニュートラルへの挑戦が始まった年でもあった」。自工会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は「自動車産業で働く550万人の仲間への年頭メッセージ」の中で、2021年を、こう振り返った。
2021年の自動車業界は、先進国を中心に前年のコロナショックからの経済の回復が進んで自動車の需要が回復する一方で、東南アジアではコロナ感染が猛威を振るって現地の自動車部品工場の稼働率が軒並み下がったため、完成車の組み立て工場の稼働率も低下。販売店で新車が足りず、中古車の価格も上昇する現象さえ起きた。
世界的な「脱炭素」の潮流の加速も、自動車業界に難しい課題に突き付けた。2020年10月には、菅義偉首相(当時)が2050年までに温室効果ガスの排出を全体として実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を目指すことを国会で表明。産業界への影響は甚大だが総論としては抵抗しにくく、2021年には日本も含めた世界の主要市場で脱炭素に向けた自動車規制が相次いで打ち出された。
次世代の主導権を握ろうと欧州メーカーには電気自動車専業への衣替えを目指す動きもあるなか、日本勢は環境性能が高いガソリンエンジンや、エンジンとモーターを併用するハイブリッドシステムで先行していたため、急速な脱炭素への動きに対応が後手になってしまった。
日本政府が「2035年に国内新車を電動車のみにする」と目標を掲げる過程でも、自動車業界との擦り合わせは十分ではなかったとされる。
「オールジャパン」で世界と戦う!
「呉越同舟」で販売数を争っている場合ではなく、協調できる領域では協調して「一つのチームとして戦っていく」(自動車メーカー幹部)べきではないか――。こうした機運が自動車業界で高まったのは、直面する経営環境の変化の大きさと厳しさを物語っている。
自工会の豊田会長が年頭メッセージの中で、国内で自動車に関わる550万人に向けて「私たちは、できる」と訴えたのは、業界としての団結を呼びかけたものだった。
もっとも、「#クルマを走らせる550万人」キャンペーンには、別の意味も読み取れる。550万人とは国内の自動車関連産業の就業人口(厳密には542万人、自工会の推計)を指し、全就業人口の8.1%を占める一大産業だ。
エンジン車と比べれば構造が単純な電気自動車への移行を性急に進めれば、エンジン製造やガソリン販売に携わる雇用はどうなるのか。こういった主張を豊田会長は自工会の立場で繰り返し発信してきた。
キャンペーンのテレビCMは、実際に自動車関連産業で働く人々が登場するシーンをいくつもつないだ構成だ。「550万人」と業界の大きさを改めて強調することで、政治に対して性急な脱炭素の動きをけん制する意図も込められていると言えよう。(ジャーナリスト 済田経夫)