米連邦準備制度理事会(FRB)が早期利上げの方向に踏み出した。量的緩和を段階的に縮小する「テーパリング」に11月から着手したばかりだが、その完了時期を2022年6月から3月に、3か月前倒しする。その先は利上げに向かうことになる。
このところの物価の急上昇に押される形で、景気・雇用回復を優先する従来の姿勢から、インフレの抑制に主眼を置いた金融政策に舵を切ったもので、世界経済への影響は大きく、緩和一辺倒できた日本銀行も、円安とインフレの圧力を受け、一段と難しい政策運営を求められる。
経済回復に向け、コロナ禍の「非常時から平時へ」の移行
FRBは2021年12月15日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、こうした方針を決めた。パウエル議長はFOMC後の記者会見で、「高インフレが長期化し、定着するリスクが高まっている」と述べ、足元のインフレへの警戒感を強調した。
J-CASTニュース 会社ウォッチ「テーパリング開始! 緩和マネーの減少で国債利回りは上昇、株式相場は下落? 米FRBの真価問われる」(2021年11月16日付)(埋込リンク:)で解説したように、FRBは前回11月のFOMCで、月1200億ドル(約13.7兆円)ペースで進めてきた国債などの資産の購入を11月から毎月150億ドルずつ減らし、22年6月をメドに資産購入を終了すると決めた。
金融機関などが保有している国債などをFRBが購入することで資金を市場に供給する「量的緩和」は、新型コロナウイルスの感染拡大で落ち込んだ経済を活性化するのが目的だったが、コロナ禍の鎮静化で景気が急回復してきたのを受け、非常時から平時へ移行を始めたということだ。
ところが、その後発表された10月の消費者物価指数(CPI)が前年同月比6.2%も上昇、11月も6.8%上昇と約39年ぶりの上昇幅を記録した。
要因の半分程度は、原油価格の高騰や半導体不足に伴う自動車価格の上昇だが、コロナ禍による人手不足などで物流が滞っているほか、東南アジアなど海外からの部品供給の遅れなどもあって、混乱がいつ収束するのかは見通せない。価格上昇がサービスの幅広い分野に波及し始めており、インフレに歯止めがかからなくなるリスクが指摘されている。
テーパリングだけで物価上昇は止まらない!
こうした状況を受け、今回のFOMCで、2022年1月から資産購入の縮小ペースを毎月300億ドルに倍増し、22年3月に資産購入を終了することにした。
確認しておくと、この「テーパリング」は、緩和をやめる、つまりこれ以上緩和しないということで、景気過熱と物価上昇を抑え込む力は限定的だ。そこで、次の段階として金融を引き締める利上げが焦点になる。
テーパリングで物価上昇が止まればいいが、それは難しいだろう。FRB自身、FOMCに合わせて公表した経済・物価見通しで、22年の物価上昇率は年2.6%(9月時点の見通しは2.2%)に引き上げ、23年は2.3%、24年は2.1%とし、FRBの「平均2%」目標に収束するまでには数年かかると見込んでいる。
他方、経済成長率の見通しは22年4.0%(前回見通し3.8%)に、やや上方修正した。
これらの数字は、経済状況は全体に堅調に推移するが、物価は抑える必要があるという政策の方向を示している。FOMCメンバーが12月15日に示した金利見通しで、18人の過半数が「22年に3回以上の利上げ」を行ったうえで「23年末までにさらに3回以上の利上げ」を実施するのが適切との判断を示した。
金融政策が引き締めに転じれば、カネ回りが悪くなり、株価にはマイナスというのが理屈だが、株式市場などもひとまず落ち着いている。利上げペースが緩やかで、景気も堅調なら、いまはインフレ抑制を優先するのが安定的な経済成長にプラスだと、市場も判断しているようだ。
英国も電撃利上げ! ポンド安避ける
基軸通貨国である米国のFRBの政策は、世界経済にも大きな影響を及ぼす。金利が上がることは景気にはマイナスで、特に米国の金利が上がっていくと、お金は基本的に金利の高い国に向かうので、外国為替市場ではドルが買われ、ドル高の方向に作用する。コロナ禍の影響は国によりバラバラで、経済回復のペースも一様ではないなか、米国の政策変更に、いかに対応するかが各国の経済・金融政策の課題になる。
欧州は新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」の拡大を含め、経済活動へのコロナ禍の影響が懸念されていている。ユーロ圏の金融政策を担う欧州中央銀行(ECB)は米国と同様に欧州版「テーパリング」を進めていて、月に700億ユーロ(8.9兆円)前後の金融資産を購入しているのを、予定どおり2022年3月末で終了すると表明している(一定の激変還和措置を実施)。
ただ、米国より景気回復ペースが全体に遅れていることもあって、利上げはまだ先との見方もある。
とはいえ、米国との金利差が広がり、ドル高・ユーロ安が進めば輸入物価の上昇によるインフレの加速が懸念される。ただでさえ天然ガスの高騰などでユーロ圏の11月のCPI(消費者物価指数)は1997年以降で最大の前年比4.9%上昇しており、インフレの進展によっては金融引き締めの前倒しを迫られる可能性も指摘される。それが景気回復に水を差す恐れもある。
英国の中央銀行、イングランド銀行は12月16日、電撃的に利上げに踏み切ったが、FRBの決定を受け、英ポンド安を避けたいのが最大の狙いとされる。
「円安は日本経済にプラス」はホントか?
FRBの政策の影響を最も強く受けるのは途上国だ。経済の基盤がぜい弱で、コロナ禍の影響を強く受けている国が多い中、米金利が上がっていくと通貨の下落でインフレが進行しかねないのだ。シンクタンクの集計では、83か国の中央銀行の2021年中の政策変更を調べたところ、利上げが32か国、利下げは8か国だったという。それぞれ9か国、71か国だった2020年から逆転した。それだけ経済がコロナ禍による落ち込みから回復してきたのは確かだが、米国の政策に翻弄されている面が強い。
代表的なのがブラジルで、21年4~6月、7~9月と2四半期連続マイナス成長にもかかわらず、利上げに踏み切り、20年に2%まで引き下げていた金利は10%目前にまで上昇している。
逆に景気優先で利下げを繰り返しているトルコは通貨リラが暴落して輸入物価が急騰して激しいインフレになり、リラ預金の対ドルの価値の目減り分を政府が補填するという前代未聞の政策を打ち出すなど、混乱している。
日本は12月17日に日銀が現在の大規模な金融緩和を維持することを決めた。CPI(生鮮食品を除く)は前年比プラス・マイナス0前後が続いてきたが、さすがに11月はエネルギー関係の値上がりによって0.5上昇。携帯料金値下げの特殊要因を除くと2%程度と、「2%」という政府・日銀の物価上昇目標に届いてきたが、4~6%台の欧米には及ばない。
日本も輸入物価は上昇しているが、デフレ慣れした日本で価格転嫁がなかなか進まない「デフレマインド」の影響が大きいというのが日銀の見立てで、「物価目標に向け、必要な緩和を粘り強く続けることに尽きる」(黒田東彦総裁)と強調。「円安は日本経済にプラスだ」とも言い切っている。
ただ、FRBの金融引き締めで円安が加速し、原油などの輸入価格がさらに上がって、日本もインフレ圧力が強まる可能性はある。日銀は、これまで封印してきた緩和縮小の議論に着手する日も遠くないのかもしれない。(ジャーナリスト 岸井雄作)