景気の実感とGDPがかけ離れている理由がわかった!

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   モノを中心とした実体経済から金融を中心としたヴァーチャルな経済への転換によって、ミドルクラスが減少し、こんにちの格差社会が生じた。

   本書「金融化の世界史」は、欧米の歴史を見直し、行き過ぎた金融部門の肥大に警鐘を鳴らす本である。

「金融化の世界史」(玉木俊明著)筑摩書房
  • 景気の実感とGDPとの乖離の「正体」は......(写真はイメージ)
    景気の実感とGDPとの乖離の「正体」は......(写真はイメージ)
  • 景気の実感とGDPとの乖離の「正体」は......(写真はイメージ)

ピケティへの違和感から始まった

   著者の玉木俊明さんは、京都産業大学経済学部教授。専門は近代ヨーロッパ経済史。著書に「ヨーロッパの覇権史」「海洋帝国興隆史」などがある。

   本書の執筆の動機は、トマ・ピケティのベストセラー「21世紀の資本」(みすず書房)への違和感だったと書いている。現代社会では、一握りの富める人達が世界の多くの富を所有している。膨大な統計資料を使い、それを実証した。

「資本収益率(r)が経済成長率(g)よりも大きければ、富の集中が生じ、格差が拡大する。歴史的に見るとほぼ常にrはgより大きく、格差を縮小させる自然のメカニズムなどは存在しない」

   ピケティの議論でもっとも大切な前提条件である。「r>g」という不等式は見たことがある人も多いだろう。玉木さんはピケティの経済分析は欧米中心であり、世界経済の変化を取り入れていないと考えている。アジア・アフリカの多くの地域が欧米の植民地になり、工業化されなかった。支配=従属関係については彼の視野に入っていないのだ。

   富裕国の国内だけではなく、世界全体で格差が生じているのは、別のメカニズムが働いているのではないか、と問題提起している。

   もう一つ、大衆消費社会から金融社会への移行によって、格差社会が生まれたと考えられるが、ピケティは言及していない。また、GDP(国内総生産)の計算方法が戦後に何回も変わったにもかかわらず、同じ統計として扱っている。金融の比率が著しく拡大した時代とそれ以前の時代を同様にとらえる研究手法にも疑問を呈している。

タックスヘイヴンの多くがイギリスの海外領土や旧植民地

   大航海時代に始まり、産業革命、大衆消費社会の誕生、戦後の金融ビッグバンと本書の時間軸は長い。中でも重要な柱になっているのが、タックスヘイヴンに見られる租税回避行動についての記述である。

   関税が高ければ、脱税しようとする。イギリスの茶の密輸から説明が始まる。スウェーデン東インド会社という無名の会社が登場する。スウェーデンよりもイギリスにとって大事な役割を果たしたという。ほとんどの航海が中国からの茶の輸入だった。

   しかし、スウェーデンでは茶ではなくコーヒーが飲まれるため、茶の多くは再輸出され、オランダなどを経てイギリスに輸送されたと思われる。茶の関税は100%を超えるほど高く、スウェーデンから密輸された茶は無税のため安く、低所得者層でも買うことができた。フランス東インド会社も同様の役割を果たしたという。

   18世紀には関税を回避するため、現在では法人税や所得税を回避するために、特定の場所が利用される。現在のタックスヘイヴンの多くがイギリスの海外領土や旧植民地であり、イギリスの帝国主義と関係している。

   砂糖の生産地だったカリブ海の地域がタックスヘイヴンとなった経緯をイギリス王室の直轄植民地となったケイマン諸島、イギリス領ヴァージン諸島を例に説明している。

   EU(欧州連合)のトップ20の銀行は、利益額の4分の1をタックスヘイヴンから取得しているという。その総額は2015年には250億ユーロだと推計されている。売上高は12%しかなく、従業員の率は7%しかないのに、巨額の利益を得ている。玉木さんは「EUの巨大銀行は、他地域で獲得した利益を、タックスヘイヴンに送金した」と推測している。

   GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に代表される巨大IT企業も巨額の利益を税率の低い国やタックスヘイヴンに留保している、と指摘している。

GDPに最初は入らなかった金融活動

   「GDPは正しいか?」と題した第6章に、最も驚いた。GDP(国内総生産)の計算の基盤となる国民経済計算体系(SNA)が生まれたのは、1953年のことで、4回改訂されてきたそうだ。

   最初、金融活動はGDPには入っていなかった。単に資本の移転(ある分野から別の分野へと資本を移動させるたけであり、それ自体では何も生み出さない)であり、非生産的だとみなされていたからだ。1993年の改訂で、初めて、金融仲介を二つの別々の生産活動だと定義づけた。借入れと貸付であり、銀行自体の資金を使用することが生産的活動だとみなされた。

   さらに2008年になると、金融仲介機関の活動は明確になった。保険や不動産もGDPの計算の中に含まれ、ますます肥大化した。

   2013年に、アメリカの計算方法が変わり、研究開発(R&D)が固定資産の一部に含まれるようになった。

   「金融はGDPに入れるべきではない」という「過剰な金融社会」の著者、ヤコブ・アッサの議論を紹介している。貸付額をGDPに入れたら二重計算になるという主張だ。

   玉木さんも金融所得の増加によって生じる統計バブルを生み出してしまい、不景気と景気後退の大きな差異が、多額の金融資産によって隠蔽されてしまうと指摘している。

   景気の実感とGDPの数字との乖離が生じているのは、こんな仕掛けがあるのか、と納得した。

「金融化の世界史」
玉木俊明著
筑摩書房
924円(税込)

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