火力発電の採用「軽々しく見過ごすことのできない現象」
もう一つ見てみよう。大正14年(1925年)6月に大蔵大臣の濱口雄幸氏と逓信大臣の安達謙藏氏に宛てた桃介からの「火力発電計画不可意見書」である。
「水力はわが国における天与の富源であるから、これを応用する電力は、石炭の乏しいわが国の前途に対し、いささか意を強くするものであることは、いまさら言うまでもないところです。ところが最近、水力電気に代えて火力電気を採用しようとする傾向が次第に増大して、現に東京においては40万キロワット、大阪において20万キロワット分を設置する計画が実施されようとしています。これは実に国家経済上の一大問題であって、軽々しく見過ごすことのできない現象であります。いまこのように厖大な企画が行われようとする原因を考察すると(1)石炭価格が低下したこと(2)3万キロワット、もしくは4万キロワットというような大きなユニットのスチームタービンが市場に出まわったこと(3)昨年の冬、十数年来、かつて経験したことのない渇水の天災に遭遇したこと......」
桃介は、(1)についてはその後石炭価格が高騰したこと、(2)については、スチームタービンは古くなると能率が低下し、遂には廃棄にいたること(3)については川の最上流に流量調整のための貯水池を設けることで解決するとして反論した。
さらに水力の工事費用は工夫の賃金などで、国内に還流するが、火力の場合、機械購入費など、建設費の大部分が海外に流出してしまうと嘆いている。このようなとき桃介の頭にあるのは「国益」という観点である。原料であれ機械であれ、必要なものは極力国内で生産するというのが桃介の基本姿勢であった。
この国家経済観をSDGs(持続可能な開発計画)に鑑みると、地産地消という概念につながる。今の日本では「外国から買ったほうが安い」などという言葉を企業家どころか政治家までもが平気で口にする。どんなものでも地産したほうが輸送に要するエネルギー資源を使わないから、地球のリソースを節約することにつながる。しかも、地元に雇用を生む。
そういう発想が桃介にはあったが、現代の政治家にはない。だとしたら、これはいささか問題ではないだろうか。(藤本尚子)
プロフィール
藤本尚子(ふじもと・ひさこ)
大阪大学外国語学部卒業後、社長秘書として、ドイツ系企業の日本総代理店に就職。すぐにフリーランス翻訳士として独立。1982年に文芸誌より作家デビュー。そのかたわら金融理論で修士号を取得。コラムニスト、エッセイストとして、コピーライター業界で、主にコンテンツライターとして活動。福澤桃介と貞奴の研究者として知られるようになった。社団法人日本作詩家協会の会員でもある。
主な著書に、「天馬行空大同に立つ 福澤桃介論策集解題」(世界書院)、「マングース族の決闘」(いずみ書房)がある。