古代中国で神に近い存在だった虎【12月は、2022年をのぞき見する一冊】

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   2021年も残り1か月を切った。昨年来のコロナ禍でさまざまな活動が「自粛」され、人々は悶々とした生活を送っている。夏に開かれた東京オリンピック・パラリンピックの代表選手や、米大リーグのロサンゼルス・エンゼルス、大谷翔平選手の大活躍に胸が熱くなり、救われた思いだった。

   さて、来る2022年、干支は寅。2月には北京冬季オリンピック・パラリンピックが開かれる。世界は、日本の経済は? 人々の生活は......。12月は、そんな「2022年」や「寅」にまつわる一冊を取り上げたい。

   寅年にどんなイメージをお持ちだろうか? 十二支は中国殷代(紀元前14~11世紀)の甲骨文字に刻まれているほど古くから使われていた。特定の動物を充てるようになったのは中国戦国時代(紀元前403~221年)の頃といわれる。

   本書「十二支の民俗伝承」は、十二支の動物と日本人の関わりについて民俗伝承を通して理解するとともに、人々が動物に対してどのような思いを抱いていたかを考察した本だ。その中から虎について紹介しよう。

「十二支の民俗伝承」(石上七鞘著)おうふう
  • 古来、日本にトラはいなかった?
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虎をも恐れぬ勇猛な日本人のイメージ

   著者の石上七鞘(いしがみ・ななさや)さんは、東京女学館大学教授などを歴任。文学博士。著書に「水の伝承」「日本の民俗伝承」「化粧の民俗」などがある。

   古代中国人が敬い恐れた動物は虎だった。「寅」の字は、虎の形をかたどり作りかえたもので、「とらかんむり」(虎の皮の模様を表す)と「ひとあし」の合字だとされる。

   中国で百獣の王とされてきた虎は、昔から神秘的かつ恐ろしい物とされていた。大空の大切な星であり、風を従える力を持つとされていた。

   また、風水の世界でも古くから青龍、白虎、朱雀、玄武と四神が都を四つの方角から守り、気の流れを保っていると考えられていた。白虎は西の山を守るのが理想とされている。色では白を表す。白は無、なにもない空白であり、死を表すものであった。

   日本の文献で最も古い虎の記述は「日本書記」に登場する。百済への使者は海岸で虎に子供を奪われてしまった。復讐に燃えた主人公は虎と対決し、虎を殺し、皮をはいで還った。

   これと似た話が「宇治拾遺物語」にもあり、「虎をも恐れぬ勇猛な日本人という、虎と日本人との関係パターンが出来上がっていたことが知られる」と書いている。日本人にとって虎退治といえば、加藤清正の名前を思い出すだろう。朝鮮出兵の際に、清正が鉄砲で虎をしとめた話が「常山紀談」に出てくる。

虎石、虎ケ石、虎子石の伝説が各地に

   古典文学では、「虎御前」の名前が有名だ。「曽我物語」に曽我兄弟の兄十郎祐成の愛人として登場する遊女だ。十郎の討死にの後、その菩提を弔い各地を巡ったことから、全国各地に伝説が残っている。虎石、虎ケ石、虎子石とも呼ばれ、福島から鹿児島まで分布している。

   民俗芸能の一つに「虎舞」がある。獅子舞の一種だが、獅子の代わりに虎の頭をつけ二人が一体となって舞う。岩手県陸前高田市に伝承される「梯子虎舞」は、20メートルの梯子の上で舞われる。このほかにも、神奈川県横須賀市の「浦賀の虎踊り」、熊本県、香川県などにも「虎舞」が伝承されている。

   旧暦5月28日を「虎が雨」と称し、この日には必ず雨が降るという俗言が広くあるという。当日は曽我兄弟が仇討ちのあと討死した日だ。曽我伝説が広がるとともに虎御前の名前から連想されるようになったと考えられる。この時期は田植えの雨が欲しい頃だ。巫女に頼って祈った習俗があったという。

   秋田県の一部や高知県の土佐中村市には、死人があって7日の間に虎の日があると悪いといい、虎よけの祈りをしなければならない「虎祭」という迷信があるそうだ。虎が恐怖の対象であり、「死」を連想させることから伝わったものだろう。

   このほかに、朝鮮半島に伝わる虎の神話を紹介している。虎と人間との争いに狐が裁判した話である。引用しよう。

「虎が陥穽に堕ちて、それを、人間が救ってやるが虎は恩を忘れて人間を食べるという。人間があまりの不人情に驚き、誰かに裁判してもらおうと言い出し、まず松樹に頼む。松樹は虎の方が道理だと言い、次に牛に裁判してもらうが、牛もまた人間の非道を説き虎に賛成する。今度は狐に裁判を頼むが、狐は今一度虎に陥穽に入るよう言い、自力で出られたら人間を食べていいという。そこで欺かれた虎は陥穽に入り、狐はそれを見済まして虎を置き去りにしてその場を去ってしまう」

虎が新型コロナウイルスを退治するかも?

   虎はアジアの熱帯から温帯にかけて広く分布するのに、有史以来日本列島にはいなかった。「入用の竹には事を欠かずして虎の棲まざる国ぞ目出度き」という狂歌があるくらいだ。

   虎の皮は古くから日本に渡ってきたが、生きたトラ(ただしトラの子)が輸入されたのは、宇多天皇の治世、寛平2年(890)のことだった。これを写生させたことから一時、トラの絵が流行したという。

   本書には十二支についての伝承が収められているが、鼠や牛、兎、馬、犬などに比べると、ボリュームが少なく、なんとなく散漫な印象を受ける。やはり、日本に虎がいなかったことから伝承も少なかったのではないだろうか。

   年賀状に印刷された虎の絵を前に、どんな年にしようかと考えている人も多いだろう。虎が新型コロナウイルスを退治する......。古代において神に近い精霊のような存在だった「虎」に、そんな願いをかけてみた。(渡辺淳悦)

「十二支の民俗伝承」
石上七鞘著
おうふう
5060円(税込)

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