虎石、虎ケ石、虎子石の伝説が各地に
古典文学では、「虎御前」の名前が有名だ。「曽我物語」に曽我兄弟の兄十郎祐成の愛人として登場する遊女だ。十郎の討死にの後、その菩提を弔い各地を巡ったことから、全国各地に伝説が残っている。虎石、虎ケ石、虎子石とも呼ばれ、福島から鹿児島まで分布している。
民俗芸能の一つに「虎舞」がある。獅子舞の一種だが、獅子の代わりに虎の頭をつけ二人が一体となって舞う。岩手県陸前高田市に伝承される「梯子虎舞」は、20メートルの梯子の上で舞われる。このほかにも、神奈川県横須賀市の「浦賀の虎踊り」、熊本県、香川県などにも「虎舞」が伝承されている。
旧暦5月28日を「虎が雨」と称し、この日には必ず雨が降るという俗言が広くあるという。当日は曽我兄弟が仇討ちのあと討死した日だ。曽我伝説が広がるとともに虎御前の名前から連想されるようになったと考えられる。この時期は田植えの雨が欲しい頃だ。巫女に頼って祈った習俗があったという。
秋田県の一部や高知県の土佐中村市には、死人があって7日の間に虎の日があると悪いといい、虎よけの祈りをしなければならない「虎祭」という迷信があるそうだ。虎が恐怖の対象であり、「死」を連想させることから伝わったものだろう。
このほかに、朝鮮半島に伝わる虎の神話を紹介している。虎と人間との争いに狐が裁判した話である。引用しよう。
「虎が陥穽に堕ちて、それを、人間が救ってやるが虎は恩を忘れて人間を食べるという。人間があまりの不人情に驚き、誰かに裁判してもらおうと言い出し、まず松樹に頼む。松樹は虎の方が道理だと言い、次に牛に裁判してもらうが、牛もまた人間の非道を説き虎に賛成する。今度は狐に裁判を頼むが、狐は今一度虎に陥穽に入るよう言い、自力で出られたら人間を食べていいという。そこで欺かれた虎は陥穽に入り、狐はそれを見済まして虎を置き去りにしてその場を去ってしまう」