宮城県は2021年12月6日、水処理大手「メタウォーター」など計10社が出資した「みずむすびマネジメントみやぎ」(仙台市)に、上下水道と工業用水の運営権を一括して売却する契約を結んだ。
はたして、水道事業の民営化は利用者にとって、有益なものとなるのか――。
人口減少、過疎化などによって、水道事業では不採算部門が増加している自治体も多く、公営から民営への転換が検討されている。
これまで浄水場や、取水施設あるいは給水管の修繕など、業務の一部が民間委託されている例や、小規模な自治体での包括的な民間運営委託はある。だが、県単位での水道事業運営権の民間事業者への売却は、宮城県のケースは全国初の事例だ。
運営のみ民間企業に任せる「コンセッション方式」の問題点
そもそも水道事業の民間運営は、18年12月に改正水道法が成立したことに始まる。認められたのは、水道管などの所有権を移転することなく、水道事業の運営のみを民間企業に任せる「コンセッション方式」の導入だ。
背景には、水道事業の採算悪化がある。
厚生労働省によると、人口減少などにより水道水の需要が減少しているため、料金収入は2001年度の2兆5463億円をピークに、減少が続いている。さらに、50年後の需要水量は2000年度に比べて、約4割減る見通しだ。
くわえて、水道管の老朽化も進んでいる。総務省によると、法定耐用年数を超えた水道管延長の割合は、全国で15%にのぼる。水道水需要の減少と水道管の更新費用が、水道事業に重くのしかかっている。
そこで、「コンセッション方式」を導入すれば、水道事業の運営権を民間企業に売却することが可能になるため、自治体は売却代金により水道事業の赤字などを削減することが可能となる。
宮城県では、19年から「みやぎ型管理運営方式」と名付けられた、水道3事業の民営化を検討。事業者の審査などを経て、メタウォーターなど計10社が出資した「みずむすびマネジメントみやぎ」へ20年間の期限付き、対価10億円で売却した。
対象となったのは、県企業局が所有し仙台市など17市町にまたがる「仙南・仙塩広域水道」など9事業の運営権だ。民間企業による運営事業は、2022年4月からスタートする。
宮城県の村井嘉浩知事は、民営化により「337億円のコストが削減できる」としている。だが、これは「契約書事項ではなく約束」と県議会で答弁しており、絵に描いた餅でしかない。
問題点は、「コンセッション方式」が単なる官民連携とは違うこと。官民連携では「官」が経営主体であるのに対して、コンセッション方式の場合は「民間企業」が経営主体となる。そのため、事業計画、施策などの決定権は、民間企業側にあるのだ。
したがって、民間企業が事業を営む以上、採算、利益を重視することにより、水道水の安全性が低下する危険性が懸念されるだけではなく、水道料金が上昇する可能性もある。
村井知事「急激な値上がりを少しでも抑えるねらい」
世界に目を向けると、過去にはこういうことが起きている。たとえばフランスでは、パリ市の水道事業が民営化され、1985年から2009年の間に水道料金は約3倍に跳ね上がった。ただし、パリ市は水道料金の決め方が不透明などを理由に、2010年に水道事業を再公営化している。
ほかに、2000年代前半に起きた「南アフリカ史上最悪の事件」と呼ばれる約25万人のコレラ感染は、水道事業を民営化したことで水道料金が急上昇したことが背景にあったようだ。水道料金を払えない貧困層1000万人以上が、汚染された川の水を飲料水としたことなどにより起きたという。そのため結局、南アフリカは、水道事業を公営に戻した。
こうしたケースはあくまでも異例だが、水道事業が民間運営になることで、採算性や利益水準によっては、水道料金が上昇する可能性は非常に高いし、水道水の品質や安全性が低下する可能性があることは否定できない。
もちろん水道法では、水道料金を条例で定めた範囲内でしか設定できない。また、国は水道料を含めた事業計画を審査し、不当に高い料金設定をしていないか検証することになっている。
もっとも、水道事業を一度民間企業に委ねてしまえば、その監視は難しくなる。村井知事は記者会見で「水道料金の急激な値上がりを少しでも抑えるのがねらい。最終的な責任は県にあり、水質や経営状況をチェックしていく」と述べている。
だが、水道事業を民間運営にしたからといって、水道水需要が回復するわけではない。水道管更新などのコスト問題が解決するわけでもない。しかし、民間運営であれば、コスト問題は確実に利用者にまわってくる。
そして、もし、水道事業を運営する民間企業が経営危機に陥れば、事業の停止――すなわち、水の供給がストップしてしまうケースもあり得る。
生活インフラなのに民間運営に委ねて、本当によいか?
「みずむすびマネジメントみやぎ」の経営面で、こんな懸念がある。前置きとして説明すると、フランスのヴェオリア・ウォーター社、同じくフランスのスエズ・エンバイロメント社、イギリスのテムズ・ウォーター・ユーティリティーズ社の3社は、「ウォーターバロン」(水男爵)と呼ばれる。世界の水ビジネスをリードする企業に対するニックネームだ。ウォーターバロンは、2000年代初めに、世界の上下水道民営化市場におけるシェアが7割を超えるまでになった。
実は今回、宮城県の水道事業運営権を獲得した「みずむすびマネジメントみやぎ」の中核企業のメタウォーターは国内企業だが、仏ヴェオリア・ウォーター社傘下にあたるヴェオリア・ジェネッツ社が議決権株式の51%を保有している。
生き馬の目を抜くような国際ビジネスの世界に身を置く外資系企業が、過半数以上の議決権を持つ「みずむすびマネジメントみやぎ」が、不採算になっても地域住民や利用者を重視した水道事業を営んでいくとは思えない。
生活インフラである水道事業を、採算や利益を重視する民間運営とすることは、本当に妥当な計画なのだろうか。宮城県は今後の日本の水道事業のあり方を考えるうえで、大きな試金石となるだろう。