靖国通りはいつも賑やかだ。新しい店や昔からある老舗の古書店が並ぶ通りに、こじんまりと大久保書店は並ぶ。看板の文字や建物2階のコロンとした丸窓が可愛らしく、当時の街並みの香りを感じられる風情ある建物だ。
創業から使っていた書店票をデザインしたTシャツ姿の店主、大久保直樹さんに聞いた。
本に囲まれた生活が当たり前だった
創業は昭和22(1947)年。静岡で銀行員をしていた祖父が上京し、立ち上げたのが「大久保書店」だ。自然科学書、古生物、地質学を中心に研究者や学生など専門書を販売していた。現在はインターネットの影響や、客層の変化を鑑みて、棚の半分を直樹さん自身が選んだ書籍類が並んでいる。
店を継いだのは7年前。家族で古書店を営む店に生まれ育ち、本に囲まれる生活が当たり前だった。しかし自分が店を継ぐことを強く意識することはなく、自由な環境だった。青年期は映画に夢中になり、その後映像制作の仕事に就く。博物館で使われる映像や広告まで、さまざまな映像作品を手がけた。
2011年ごろ父の体調不良をきっかけに店を手伝い始める。古書の世界は未知だったが、店を守ることを考え、新しい世界に飛び込んだ。3代目として、直樹さんらしい店を少しづつ形作っている。
最近趣味で持った一冊「犬の飼い方」
「一冊の中に無限の世界が広がっている。書棚を眺め、一つひとつの本の世界が広がっているのかと想像すると面白いですね」
本に囲まれた空間に心地よさを感じると、直樹さんは言う。
たとえば、最近興味を持った一冊として、「犬の飼い方」(大野淳一著 大泉書店 昭和28年)という本を見せてくれた。
地方に行った際はその土地の古書店に入るようにしている直樹さん。小倉の古書店で目にして、直感的に手に取った一冊だと言う。タイトルどおり、犬の飼い方についての実用書だが、内容は丁寧でやや専門的な内容まで踏み込んでいる。どういう人がこの本を読んだのか、想像しながら直樹さんは読んだそうだ。
こうした、日常のちょっとした古いものに無性に好奇心をくすぐられるという。レジの横には100円を入れると占いの紙が出てくる、今ではあまりみかけない「ルーレット式おみくじ」が置いてある。
「子供の頃このおみくじの仕組みが不思議でしょうがなかったんですよね、最近みつけてつい買ってしまいました」
と笑って話す。
直樹さんは子供のことから神保町に通っている。スピードを緩めずに変化し続けるこの街の様子には、驚かされるばかり。店主の定位置である店の奥の席から見える通りの眺めも、これからますます姿を変えていくだろう。
しかし、日焼けした古めかしい書棚は、創業当時から変わらずにここにある。これからも日常に根付いた心くすぐる品々が少しずつ「大久保書店」の書棚を満たしていきそうである。
(ながさわ とも)