「まさに愚策の極み!」
岸田文雄政権の18歳以下に対する10万円相当給付の迷走が続いている。10万円のうち5万円をクーポン券で配るというのが政府の方針だが、現金で配りたいという地方自治体の反乱が広がっている。
エコノミストたちも「クーポンの経済効果がないことは政府が一番よく知っているはず」と一斉に「ノー」を突きつけた。いったい、どういうことか。
肝心の入学シーズンには間に合わない
18歳以下を対象にする10万円相当の給付のうち、5万円分のクーポンをめぐる岸田文雄政権のドタバタ騒ぎが収まらない。
「バラマキ批判」を恐れる政府は、あくまで5万円分は使い道を子育て関連に限定したクーポンを配布する方針だが、実際に配布の実務を担う市区町村などの地方自治体が、作業が煩雑で負担が大きすぎると、猛反対をしているためだ。
主要メディアの報道をまとめると、反対の理由はこうだ=図表参照。
(1)実際にクーポンを作るのは地方自治体だが、まず、どういうクーポンの仕様にするか、検討・決定するのに時間がかかる。政府が自治体にほぼ丸投げだからだ。
(2)クーポンには偽造防止対策を施す必要があり、クーポンを制作できる高度な技術を持つ印刷所は限られており、周辺の自治体から発注が集中する恐れがある。 (3)政府が自治体任せだから、細かい手続きがまだ決まっていない。たとえば、配布する前に対象家庭からの申請が必要なのか、その様式はどうするか。クーポンで買うことができる対象の小売店の選定、さらに購入の対象となる「子育て関連商品」とはなにか、などだ。
(4)入学シーズンまでにクーポンを検品・配布するには多くの自治体職員が必要だが、ちょうど新型コロナウイルス感染症の3回目のワクチン接種の時期と重なるのが一番の負担だ。
あれや、これやで3月の卒業、入学、新学期シーズンまでにクーポン配布は間に合わず、5月以降にずれ込むと心配する自治体首長は少なくない。
10万円をすべて現金で支給したいと言っていた大阪市の松井一郎市長は12月7日の記者会見で、こう激怒した。
「クーポンを欲しいなんていう人、おらんやろ。もし、ほんまにクーポンでやるんやったら、来年の6月、7月までかかるで」
岸田政権の幹部たちのちぐはぐな発言も混乱に拍車をかけている。岸田首相は12月9日の衆院代表質問で、「クーポンを原則としながらも自治体の実情に応じて、現金での対応も可能とする運用とする」と柔軟に対応する考えを示した。
しかし、政府はどのような場合に、クーポンの代わりに現金支給が可能であるかを明らかにしていない。木原誠二官房副長官は9日の会見で、判断基準について「(12月24日予定の)補正予算の成立後、速やかに示す」と述べるにとどめた。また、このため、年内に10万円を支給したいとしていた大阪市の松一郎市長は涙ながらの会見で、
「残念だが、現金は無理です」
と、あきらめざるを得なかった。
政府がクーポンにこだわるのは、10万円全額を現金給付すれば貯蓄に回る恐れがあり、子育て支援や消費の拡大など、政策の効果が薄まるためだ。だが、クーポン給付は事務経費が967億円にも上り、280億円の現金給付を大きく上回る。
このため、地方自治体の中では、大阪市をはじめ千葉市、富士吉田市(山梨県)、大田原市(栃木県)、犬山市(愛知県)、岸和田市、堺市(大阪府)、天理市(奈良県)など、「クーポンではなく現金で支給したい」と、公然と政府に反旗を翻す自治体が増えている。
政府の恫喝「現金支給の自治体には予算は出さない」
しかし、ここで不気味なのは「謀反」を起こす自治体に対する政府の反撃の動きだ。松野博一官房長官は12月9日の記者会見で、「現金5万円は年内に支給するが、残る5万円分のクーポンは来春の卒業、入学シーズンまでに配る予定で、それぞれ別の給付措置だ。同時に配ることは想定していない」と述べたことだった。
これは裏を返すと、「現金とクーポンはそれぞれ別の予算措置であり、勝手に自治体がクーポンを現金支給にするなら、政府からはカネを出さない。自治体の予算でおやりなさい」とけん制しているに等しい。
事実、東京新聞(12月9日付)「5万円クーポンより現金派の自治体続々 印刷や配布が煩雑、商品やサービスの線引き難しく」は、恫喝まがいの政府高官の発言をこう紹介している。
「首相は衆院本会議で『クーポン給付を原則として検討してほしい。どのような場合に(全額)現金給付ができるかは、自治体の意見をうかがいつつ具体的な運用方法を検討する』と語った。ただ、自治体が独自判断で現金給付に切り替えた場合について、政府高官は『クーポン給付とは異なる取り組みなので、5万円分の財源は自治体が負担することになる』と語り、国の予算を使うことを見送る考えを示した」
「クーポンに経済効果なしは地域振興券で実証済み」
このように何が何でも「クーポンを配る」という岸田文雄政権の強硬な姿勢にエコノミストたちから批判の声があがっている。
「クーポンに消費を促す効果があると考えるのは政府の誤解だ」と、にべもなく批判するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
「臨時国会で紛糾する子ども給付の議論」(12月8日付)で、こう指摘する。
「政府は当初、全額クーポンでの給付を考えていたのではないか。それは、昨年の一律給付金などが、大半が貯蓄に回り、個人消費につながらなかったとする批判に応えるためだ。そこで、教育、子育て関連の支出に使えるクーポンで支給すれば、確実に消費に回ると考えたのだろう。しかしそれは誤解である。
本来、働いて得たお金で買おうとしていた教育、子育て関連の必要な商品をクーポンで買えば、その分浮いたお金が、貯蓄に回るだけの話である。期限があるクーポンを使うことで、教育、子育て関連の支出がいくぶん前倒しされる可能性もあるが、将来の支出を加えた支出総額は変わらない」
そして、子ども給付金の給付対象となる個人、世帯は、すべて現金で受け取ることを望むはずだ、として現金給付で行うことを主張した。
一方、「政府自体がクーポンに経済効果がないことを知っているはずだ」と疑問を投げかけるのは、上智大学准教授(財政学)の中里透氏だ。専門家による解説サイト「SYNODOS」に掲載した「現金給付の正しい届け方――各自治体の工夫で問題点は解消できる」(12月2日付)の中で、こう指摘する。
「鈴木俊一財務大臣からは『クーポン券でお支払いすることで確実に子どものために使っていただく。必ず消費をしていただく』との説明もなされているが、クーポン券の利用で浮いた分のお金は貯蓄に回すこともできるから、クーポン券であれば確実に消費が増えるということもない。実際、経済企画庁(当時)が1999年に行った地域振興券の利用実態調査によれば、交付された地域振興券の交付額のうち消費支出の増加に寄与した分は3割程度であったことが報告されている」
これは、経済対策としてクーポン券を使った前例だ。1999年に小渕恵三内閣が行った緊急経済対策を指す。全国の65歳以上の老齢福祉年金受給者と、15歳以下の子どもを対象に1人一律2万円の地域振興券(クーポン券)を配ったのだ。対象者は3100万人。その「消費支出効果」を当時の経済企画庁(現内閣府)が、支給者から9000人を抽出し、何に使ったかを調査した。
しかし、地域振興券によって新たに消費が喚起された割合は32%しかなかった。大半の人はクーポン券のおかげで使わなかった分を貯金したり、もともと買う予定だったものに使ったりしたからだ。
昨年(2020年)の国民1人あたり一律10万円の特別定額給付金の場合でも、各種調査によると、約7割が貯蓄に回り、約3割が消費支出だったとされるから、クーポン券と現金給付の「経済効果」はほとんど差がないことになる。
だから、中里透氏はこう主張するのだった。
「このようにクーポン券で給付を行うことには実質的な意味がないにもかかわらず、給付事務は煩雑なものとなり、経費が1000億円近く割高になる。これは子育て世帯に対する今回の給付金の予算額(1兆9473億円)の5%近い金額だ。クーポンによる支給をやめて事務費の増加分を給付金に回せば、今回の給付の対象から除外された世帯の子どもの半分近くに給付を行うことができる」
まさに「愚策の極み」というわけだ。
困窮対策としても、経済対策としても中途半端
ヤフーニュースのヤフコメ欄には、専門家たちから批判の投稿が相次いでいる。
日本大学教授で、内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員の末冨芳(すえとみ・かおる)氏は、ややこしいクーポンの設計を市町村に丸投げした政府を、こう糾弾した。
「松野博一官房長官のコメントを見る限り、クーポンが何に使えるのかは自治体に丸投げ、事業者さんも登録コストなどの負担がかかります。地域で限られた使途にしか使えないクーポン給付は子育て支援として意味がありません。それよりは食費や衣料費、電気ガス水道や教育費に使える現金給付のほうがよほど助かります」
そして、末冨芳氏はそもそも空前の少子化の中で、子どもを産み、育てる苦労は所得の高い人も同じだとして、所得制限を設けることにこう反対した。
「今回排除された高所得(?)とされる層でも子育ては決して楽ではなく、高く納税して子どもまで育てている人を排除するやり方で次の世代の日本国が維持できるのか疑問です。国民なくして国家なし、だということを自民党の政治家こそ理解しているはずです。ならば全力で所得制限なき子育て世代支援をすべきでしょう」
エコノミストで経済評論家の門倉貴史氏は、困窮対策なのか経済対策なのかわからない、中途半端な政策だと追及した。
「18歳以下への10万円相当の支給は、困窮対策として見た場合も、経済対策(消費喚起策)として見た場合も中途半端な政策で、ワイズスペンディング(賢い支出)とは言い難い。困窮対策としてみると、給付対象から19歳以上の学生や独身のワーキングプア、子どものいないワーキングプア世帯が漏れてしまっていることが一番の問題だろう。
また、給付金額についても一度限りの10万円相当の支給では困窮世帯にとっては十分な支援とはいえない。一方、経済対策として見た場合、現金であろうとクーポンであろうと受け取った10万円相当の半分以上は貯金に回るとみられ、消費を押し上げる効果も期待薄だ。政府が、いくら現金やクーポンを積んでも国民の『購買意欲』を買うことなどできないのだ」
デジタル事業者を使えば100分の1の経費でできる
976億円の無駄な支出にも批判が集中した。ITジャーナリストでソーシャルメディアコンサルタントの神田敏晶氏は、ネット銀行などのデジタル事業者を活用すれば、ムダな経費は100分の1に減らせると訴えた。
「事務経費は合計1200億円。内訳は現金給付に300億円、クーポン給付に900億円。つまり10万円で換算すると120万人分も経費で消える......。これはデジタルクーポンや、ネット銀行の事業者にシステムを構築させて配布したほうが絶対に安上がりで正確。ケタは数億円で作れる。現金といっても配布するのは銀行へのデータのみ。現在、お願いしている事業者を、まずは除外して検討すべきだ」
ファイナンシャル・プランナーの花輪陽子氏もデジタルの活用を主張した。
「900億円の事務経費を削減できれば、より多くの人に配布や生活困難者により多くの給付ができたはずです。海外ではすみやかにほぼ自動的に給付がされる場合も多いです。春まで待たずすぐに給付をしたほうがよい生活困難者も多いでしょう。マイナンバーの管理を進める、コスト管理をしっかりして税金からの無駄遣いをなくしてほしいものです」
そして、住民と一番向き合っている地方自治体にこそ任せるべきだと訴えるのが、法政大学大学院教授(現代政治分析)の白鳥浩氏だった。
「10万円相当給付には、それに関わり利用する側の視点が欠けている。せっかくの公金の支出も、それを利用する側の利便性が十分なものでなければ、その政策効果も期待できない。より住民の目線に近いところにいる自治体が、次々と利用者目線から現金給付を望んでいることは理解できる。
これまでのコロナ対策、経済対策も、実際に現場で住民と向き合ってきたのは地方自治体ではなかったのか。クーポン券による支給方法の決定において、地方自治体の声が十分に反映されていたとは必ずしも言えない。国会での議論も、現場の地方自治体の声に配慮し、それを反映したものとなることが求められている」
(福田和郎)