人財サービスのパソナの社内ベンチャー第1号で、2004年に株式の店頭公開を果たしたベネフィット・ワン。企業の福利厚生をアウトソーシングしてもらい、請け負う会社として知られ、成長著しい。いまや、ピカピカの東証1部上場(2004年にJASDAQに上場。18年から)の企業だ。
そんな同社が事業化のアイデアの実現に向けて、どのように歩みを進めてきたのか――。スタートアップ時代から、これまでの成長の過程と将来像を白石徳生社長に聞いた。
きっかけは「インターネットのサービスマッチング」だった
――事業化のアイデアは、いつごろからお持ちだったのでしょうか。
白石徳生社長「創業する本当に直前ぐらいです。もともと、福利厚生のアウトソーシングを作ろうというより、インターネットを使ってサービスマッチングをやろうというアイデアでした。
当時はインターネット関連のいろいろな事業がどんどんできていましたが、私が目をつけたのは、『インターネットを使ってサービスを売る会社』です。すでに海外ではホテルの予約サービスなどがあり、日本でも楽天トラベル(旧旅の窓口)がありました。我々も同じようにネットを使ってサービスを提供するのですが、我々はそこにひと工夫したんです。一般的にサービス会社は仕入れた値段と売った値段の差で利益を上げていきます。アメリカでは25%ぐらい、日本では10%ぐらいの利幅です。JTBなどの旅行会社はホテルから仕入れた値段に2~3割上乗せして販売していました。我々はそれをせずに、1万円のホテルは1万円で予約できるとうたい、その代わりに会費を個人あるいは会社からいただく工夫をしました。
もともと、日本では福利厚生として保養所といわれるホテルを自前で造って、安く泊まれるようにしたり、英会話や人間ドック、社員食堂で飲食できたりするサービスを安く提供していました。企業の中には病院まで持っていましたから。それに対して、私どもが提案したのは、『我々がインターネットを使っていろんなサービスを原価で提供するから、そこに会社が福利厚生として社員に補助金をつけて提供したほうが合理的で効率的ですよ』という『福利厚生のアウトソーシング』という見せ方でした」
――「福利厚生」は目的でなく手段だったというわけですか?
白石社長「ええ。このビジネスアイデアは、会費を集めて提供するメンバーシップ制のサービスマッチングです。そのための手段として会社の福利厚生を通じてやっているのです。今ではNetflixやアマゾンプライムが映画や音楽を会費制でダウンロードし放題、見放題のサービスを提供していますが、こうした『サブスクリプション(サブスク)』は、たぶんネットの世界でも我々が一番早いぐらいに手がけたのではないでしょうか。我々もサブスクという意味では同じで、ホテルの予約は都度のお金は必要ありません。その代わり会費を福利厚生として企業からいただいているのです。我々がやっていることは、おそらく表面的には福利厚生のアウトソーシングに見えるのですが、本質的にはインターネットのサブスクリプションを利用したサービスのマッチングサイトなんです」
サブスクはお金がかかる
――サブスクリプションモデルの優位性やハードルになったことは何でしょうか。
白石社長「ビジネスの構想の段階で、都度お金をいただくモデルとサブスクリプションモデルで、どちらが強いかというとサブスクリプションモデルが絶対強いと思いました。
では当時、なぜ誰もサブスクリプションモデルのビジネスをしていなかったかというと、サブスクリプションモデルは、すごくお金がかかるからです。 サービスは会員がいてもいなくても一定のお金がかかります。たとえば、映画の権利を買えば、それでお金がかかってしまいます。たぶんアップルミュージックもNetflixも大赤字だったと思います。しかし、一定数会員が集まってしまうと、会員数が倍になれば売り上げや利益が倍になっても、かかるコストは変わりません。
サブスクリプションのビジネスはストックビジネスですから、一度単月黒字になれば、継続して会費収入が入るので、翌月以降も黒字の計画が成り立ちます。しかし、黒字までが大変です。我々も『一番キツイやり方だけど最後は一番ラクできるんだ』と思って乗りきりました」
――このビジネスアイデアは福利厚生のアウトソーシング以外にも展開しているのですか。
白石社長「すでに個人にも福利厚生アウトソーシングと同じものを、名前を変えて販売しています。それは、たとえばソフトバンクさんやNTTドコモさんのような通信キャリアやアパマン(アパマンネットワーク株式会社)さんのような不動産仲介会社と一緒に個人向けサービスを提供しています。
ただ、福利厚生のほうがまとめて入会されますし、退会もないので、効率面では福利厚生が勝ります。いろいろ試したのですが、やはり福利厚生が一番やっていけると原点回帰しています。確かに、会社として入会しているのですから、多少使わない人がいたとしてもそれを理由に退会することはありません。それが個人での入会ですと、使用しなくなるとそれで退会されてしまいます。継続率の面でも福利厚生のほうが勝ります」
――福利厚生に目を付けたのは大正解でしたね。
白石社長「福利厚生の場合、会社の制度ですから、社員は福利厚生制度を使わなくても会社に福利厚生制度があるということで満足はします。保険に近いと言えます。保険は使わなくても保険に入っていることが大事です。我々の福利厚生制度も、今は旅行に行かないとしても、いずれ行こうと思った時には安く行けるのですから、それが従業員への福利厚生のPRにもなります。福利厚生制度であれば、我々のサービスは関係者すべてにメリットがあるのです」
今までになかったような「新しい流通」をつくる
――ところで、起業する前はパソナにお勤めでした。
白石社長「ベネフィット・ワンは、スタート時点ではパソナの社内ベンチャー制度を利用して起業しました。『すべての会社を束ねた生協を作ったら』という目的で会社の生協『ビジネスコープ』という社名にしました。
そもそも、自分で会社を創りたいと思って、パソナに入ったのです。体制面では、パソナグループから人員の調達ができたので、助かりました。最初は一人から始めて、必要に応じて増やしていきました。資金面では、サブスクリプションのビジネスでお金が必要でした。その資金はパソナが調達してくれました。最初から億単位のお金が必要だったのがわかっていたので、手っ取り早さもあり、社内ベンチャーで始めたのです。今は、起業における資金調達はしやすくなっていますが、25年前では金融市場が整っていませんでした。社内ベンチャーの利点は資金調達が大きいと思います。事業計画では、当初は2億円ぐらいで黒字にすると考えていましたが、黒字転換までに結局6億円ぐらい使いました。ものすごい勢いで赤字を垂れ流していましたので、追加資金を出してくれたパソナには感謝しています。
その半面、『2年で単月黒字にする』という厳しい制約がありました。最終的に24か月目で単月黒字を達成し、ギリギリのセーフ。この黒字達成のために、どうやったら黒字になるかを1年前から逆算して、20人いた社員を8人までリストラしたこともありました。それは苦い経験でした」
――創業25周年になりますが、これまでの道のりはどのようなものでしたか。
白石社長「もともと我々には、日本人全員を会員にするビジョンがあります。創業25周年といっても、その実現に向けて25年も時間がかかっていると感じています。
日本では6500万人が働いています。日本の人口が1億3000万人ですから、2人に1人が働いているわけです。我々の福利厚生では、家族会員制度を持っているので、本人が会員であれば、家族である子供や親も利用できるので、理論上すべての会社で利用されれば、日本人全員が会員になる計算になります。25年経ってどうなのかというと、福利厚生の会員数が635万人で就業人口のちょうど10分の1です。ただ、ベネフィット・ワンを利用する企業は大企業が多く、日本の大企業や公務員は働いている人全体の約2割ですが、その中ではおよそ2~3人に1人が我々の会員になっています。
しかし、日本は8割が中小企業ですから、25年経っても全体の10%ぐらいなのです。逆にいうと、まだまだ成長の余地があるのです。そして今回、JTBの子会社を買収しましたので、今後10年ぐらいで実現していけるよう、加速をつけて推進していきます」
――ベネフィット・ワンが描く戦略とは?
白石社長「あくまで我々の最終的な戦略は日本人全員を会員にすることです。そうなるとサービスを提供するすべての会社は、我々の存在を無視するわけにはいかなくなります。それが最終的な狙いです。
そうなるとすべてのサービスは、ベネフィット・ワンのプラットフォームを介さないと売れなくなってしまいます。サービス提供において手数料は取りませんので、仕入れ原価である最安値での提供になります。消費者は安いところを選択しますので、すべての企業、消費者が利用するプラットフォームになるわけです。そこを目指しています。
ただ、これまでと同じやり方では時間がかかってしまいます。そこで、我々はこの会費を無料にしようと思っています。無料にする代わりに、新しいマネタイズポイントとして決済サービスを検討しています。これは給与天引き、電気やガス、水道、携帯電話、新聞などの決済を代行するサービスです。これまで決済の手数料が、給与の場合、手数料×従業員数だったのが手数料×ベネフィット・ワンの1回となるため、手数料支払いの大幅な削減が見込めます。我々はその決済のところに収入源を確保して、『会費もいらない、手数料もいらない』という、今まで世の中になかったような新しい流通をつくっていこうとしています」
(聞き手 牛田肇)
※ なお、後編は2021年12月4日付の公開になります。