「来年の春闘では3%の賃上げを!」
岸田文雄政権の要請を受けた日本経済団体連合会(経団連)が、「わかりました。総理の『新しい資本主義』のために尽力いたしましょう」とばかりに、賃上げに前向きの方針を打ち出したことがわかった。 本当にそんな賃上げが実現するのだろうか――。「期待しないほうがいい」と、エコノミストたちが冷ややかな理由は?
消極的だったベースアップ、期待できるの?
日本経済団体連合会の来年(2022年)の春闘に向けた経営者側の指針となる基本方針の「原案」が、2021年11月30日に明らかになった。NHKや共同通信など主要メディアの報道によると、これまで消極的だった基本給の引き上げ(ベースアップ)にも前向きな姿勢を打ち出している。こんな内容だ。
岸田文雄首相は11月26日、来年の春闘に向け経済界に対して、
「業績がコロナ前の水準を回復した企業は3%を超える賃上げを期待する」
と述べ、経済団体に賃上げの協力を求めていたが、それに応える内容だった。
「原案」では、来年の春闘に向けては、コロナ禍が長期化し業績のバラつきが拡大するなか、一律的な検討でなく各社の実情に適した賃金決定を行うことが重要だとしている。
その一方で、収益が拡大している企業の基本給については、
「ベースアップの実施を含めた『新しい資本主義』の起動にふさわしい賃金引き上げが望まれる」
としたうえで、賃金引き上げの勢いを維持していくことが重要だと打ち出したのだった。
経団連の2021年の春闘の方針では、感染拡大が続くなか、ベースアップについては「選択肢だ」という表現にとどまっていた。また、実際に大手企業の今年の春闘妥結結果は、定期昇給とベースアップを合わせた月例賃金の上昇率は1.84%(前年は2.12%)にとどまった。
2%を割り込むのは、アベノミクスが始まる直前の2013年以来8年ぶりの低い水準だ。政府が経済界に賃上げの圧力をかける「官製春闘」が始まった2014年以前の上げ幅に戻ったのだった。
しかし、今回は岸田首相が掲げる「成長と分配」による「新しい資本主義」の政策に沿う形で、「賃上げ要請」に全面的に応える内容となった。経団連は来年(2022年)1月に取りまとめる春闘での経営側の指針「経営労働政策特別委員会(経労委)報告」に明記する方針だ。
経団連と真逆、「官製春闘」に批判的な経済同友会
こうした政府による露骨な春闘介入を批判したのが、経済同友会の桜田謙悟代表幹事だ。11月16日の定例会見で「官製春闘」について見解を問われて、直接、経団連の動きに触れることはなかったが、
「いつまでやるのかと正直感じる。『官製』によって『新しい資本主義』が出てくるものではない」
と語ったのだった。経済同友会の公式サイトを見ると、具体的にはこう発言している。
記者「政府からの賃上げ要請についてどう考えるか」
櫻田代表幹事「本来はおかしな話だ。(企業が)内部留保を取り崩してくれず、政府としては地団駄を踏んでいるのだろう。内部留保は過去の利益の積み上げであるが、余ったお金ではなく貸借対照表上は資産として計上されているものだ。(使うには)それを取り崩すだけの価値ある投資なのか、経営者は説明責任を負う。それを無視して、人件費に充てることは難しい話だ。
岸田政権が看護師、介護士、保育士などエッセンシャルワーカーの処遇を上げようとしていることはありがたいが、我々はそれがなくとも処遇を引き上げた。(賃上げが)投資の一部であれば、どのような思いを持って賃金を上げたのか、経営者が株主などのステークホルダーに責任を持って説明できればよい。
政府に言われたから(賃金を)上げたということではいけない。それが日本の『新しい資本主義』とはさすがにいかないだろう。(政府の)気持ちはわかるが『分かりました』と言うわけにはいかない。むしろ我々は、そうした要請を頭に置きつつも、戦略の中で先行投資的な支出を考えるべきだ」
記者「政府から一律にベースアップを求められることを『官製春闘』と呼ぶが、この言葉についてどう思うか」
櫻田代表幹事「正直なところ、いつまでやるのだろうかと思う。一方で、春闘がなくなると、ただでさえ上がらなかった給与が上がらなくなるのではないかという不安もあると思う。(コロナ禍でも)史上最高益を出している企業もあるため、そうした企業では、その成果の配分を重要なステークホルダーである社員に支払う余地があると感じている。我々もそうした状況になればそうしたい。それがステークホルダー・キャピタリズムである。官製により『新しい資本主義』が現れるとは思わない」
同じ財界首脳でも、春闘対策の原案の中で「『新しい資本主義』の起動にふさわしい賃上げが望まれる」として、岸田政権に寄り添う姿勢を打ち出した経団連の十倉雅和会長とは大きな違いだ。
(福田和郎)