米国や日本などが協調して石油の国家備蓄を放出することになった。
原油価格の高騰による国民生活、国内経済への悪影響を緩和する狙いで、これまで紛争や災害時がほとんどで、価格抑制を目的にするのは異例だ。それだけ各国の危機感が強いということだが、効果は未知数だ。
原油価格1バレル=80ドル台、7年ぶりの高値
原油価格は、新型コロナウイルスのパンデミックで世界の経済活動に急ブレーキがかかったことから急落した。ニューヨーク市場のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物価格は2020年春に瞬間値でマイナスを記録した後、年後半は1バレル=40ドル程度で推移していたが、21年に入ってから米国の景気回復に歩調を合わせて上昇しはじめ、春先に60ドルを回復。その後は経済活動の回復に加え、世界的な資源不足、なかでも液化天然ガス(LNG)価格の急騰なども絡んで原油も上昇ピッチをあげ、ここにきて1バレル=80ドル台までつけ、7年ぶりの高値水準になっている。
国内では直接影響を受けているのがガソリン価格で、レギュラーが1リットル=170円目前になっている。ガソリン価格の上昇は物流のコストアップなどにつながり、幅広い物価に影響すると懸念されている。
J-CASTニュース 会社ウォッチが「原油価格が上昇 懸念される日本経済への影響 最大の産油国・米国やOPECの思惑は......」(2021年7月27日付)でも取り上げ、石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟産油国で作る「OPECプラス」は2020年5月から協調減産をしてきたが、21年8月から、減産幅を毎月日量40万バレルずつ縮小(つまり増産)に転じた。
ここにきて原油高騰に危機感を抱く米国のバイデン政権をはじめ先進国、非産油国は産油国に一段の増産を要請した。しかし、OPECプラスは11月4日の閣僚級会合で、従来からの協調減産の削減ペースを維持するとして、増産を拒否していた。
こうした一連の事態を受け、窮余の一策として11月半ば以降、急浮上したのが備蓄放出だ。日米欧中印など主要国は石油ショックの教訓を踏まえ、自然災害への対応を含め、官民の石油備蓄をしており、日本の場合、9月末時点で国家備蓄は145日分(目標90日分)、民間90日分(同70日分)、産油国と協力した国内タンクの備蓄が6日分ある。
備蓄の一部を放出することで市場に出回る石油を増やし、価格上昇を抑えようというのが今回の狙い。バイデン政権が各国に協調を呼びかけ、日中韓印英が同調し、主要消費国6か国が足並みをそろえる異例の対応になった。
価格引き下げ効果は限定的?
具体的には、米国が国内消費量の約3日分にあたる5000万バレルの放出を発表、インドも500万バレル放出、英国は民間の備蓄放出を石油会社に促すと伝えられている。
日本は岸田文雄首相が11月24日に放出方針を表明。国内需要の数日分を石油元売り会社や商社などに、入札で売却するといい、経済産業省が実際の手順の具体化を進めるが、備蓄は目標を大きく上回っており、緊急時への備えとして問題はないとしている。
日本の放出は、法的には微妙な面がある。石油備蓄法は、供給途絶の恐れや災害時に限って放出できると規定している。価格高騰は過去にもあり、レギュラーガソリンが1リットル=185.1円と史上最高値を記録した2008年にも放出しなかった。備蓄石油は、国内の需要動向に合わせて定期的に数日分ずつ入れ替えており、今回は、この入れ替えを前倒しすることにして放出するという「奇手」を編み出した。
また、過去には1991年の湾岸戦争や2011年の東日本大震災の際などに民間備蓄を取り崩したことはあるが、国家備蓄の放出は例がない。
それ以上に問題なのは効果だ。仮に米国と同じ3日分程度を放出しても、年間消費量の1%にも満たない。石油連盟の杉森務会長(ENEOSホールディングス会長)が25日の定例会見で、「時限的な激変緩和措置と理解し、政府と連携して取り組む」と述べつつ、「どう功を奏するかは少し見ないとわからない」と慎重姿勢を見せたように、「価格引き下げ効果は限定的」(経産省関係者)との見方が多い。
ガソリン価格の高騰を抑える補助金も設けるが......
産油国を怒らせる危険を指摘する声もある。OPECプラスから、表立った反応はでていないが、コロナの感染再拡大も懸念されることから、22年1~3月期には供給過剰になるというのが産油国側の見立てだという。 産油国にすれば、ただでさえ、地球温暖化対策で需要の先細りを心配されるだけに、米ブルームバーグ通信は、備蓄放出に対抗し、12月2日のOPECプラスの次回閣僚級会合で、減産縮小を見直す可能性があると報じている。そんな見方のためもあり、バイデン米大統領が放出を発表した11月23日のニューヨーク市場では、WTI先物の終値は前日比1.75ドル高の1バレル=78.50ドルだった。
岸田政権の異例の対応に、大手紙の評価は概して辛めだ。
石油の価格抑制への努力は必要としつつ、「協調放出が原油相場を押し下げるかどうか、効果のほどははっきりしない」(読売新聞11月25日社説)など、与党支持のメディアも効果には懐疑的で、「消費国と産油国が協力し、移行期を乗り切る戦略を描くことが求められる」(毎日新聞25日社説)、「産油国と消費国が連携し、相場の安定へ協力関係を構築したい」(産経新聞25日「主張」)など、ほぼ一致して産油国との対話と協調を訴えている。
岸田政権は、備蓄放出のほか、ガソリン価格の高騰を抑える補助金を設けることも決めている。異例の対応をとるだけに、なぜそうした政策が必要か、法の趣旨に照らして妥当か、本当に効果があるのかなど、説明責任が求められる。(ジャーナリスト 白井俊郎)