11月は総務省の「テレワーク月間」。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、一気にテレワークが浸透したが、新規感染者の減少とともに再び職場に通勤する人が増えてきた。しかし、テレワークの大きな流れは止まらないと見られる。今月は、テレワークや電話、コミュニケーションに関連する本を紹介しよう。
アメリカではコロナ禍のずうっと以前からテレワークを導入している企業も少なくない本書「強いチームはオフィスを捨てる」は、ソフトウェア開発会社「37シグナルズ」の創業者らが、テレワークを軸にした「働き方改革」について書いた本だ。
「強いチームはオフィスを捨てる」(ジェイソン・フリード、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン著 高橋璃子訳)早川書房
好きなことをやれる環境で、仕事と趣味を両立
37シグナルズ社を知らない人でも、ウェブ開発フレームワーク「Ruby on Rails」やプロジェクト管理ツール「ベースキャンプ」を知っているかもしれない。著者の一人、ジェイソン・フリードは創業者兼CEO。もう一人のデイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソンは「Ruby on Rails」の作者で共同経営者。本書が発行されたのは2014年だが、その10年前からリモートワークを活用しているというから、取り組みは長い。世界各地の36人のメンバーが働いている。
リモートワークについて多くの本を読んだが、本書ほど「働き方」の革命を説いている本はない、と感じた。「リタイヤを待つ必要はない、スキーがやりたいなら、いま雪山へ行けばいい。サーフィンがやりたいなら、いま海に行けばいい」とけしかけ、「これからは、働きながら好きなことをやる時代だ。好きなことをやれる環境で、仕事と趣味を両立すればいい」と訴える。
もっとも、スキーがやりたければ雪国に引っ越せと言っているわけではなく、「3週間だけ雪国にステイしてみるのはどうだろう?」と極めて柔軟だ。
「リモートワークの本質は、社員の生活の質を向上させるためのものだ」ということが基本になっている。そして、会社と社員の両方にメリットがあるとも。
本書を書き上げる直前の2013年2月、米ヤフーのマリッサ・メイヤーCEOがリモートワークの廃止を発表したので、反論を「リモートワークの誤解を解く」という章で書いている。
「ひらめきは会議室で生まれる」という主張には、「顔を合わせるというぜいたくは年に数回だけにして、それまでのあいだはいろいろなツールでしのげばいい。それでもきっと、十分すぎるほどのアイデアがでてくることだろう」と反論している。
社員のサボりを監視するソフトもあるが、それはマネジメントができていない証拠だと言い、「もっと部下のことを信頼し、それが無理なら、別の人間を部下にしたほうがいい」、と書いている。
仕事そのものが評価の基準になる
家には邪魔が多すぎる、顧客対応ができなくなる、社内に不公平が生まれる、企業文化が崩れてしまう、ボスの存在意義がなくなる、せっかくのオフィスがもったいない、うちの会社には向いていないなど、さまざまな誤解について、ていねいに論破している。
参考になるのは、リモートワークを成功させるコツを書いていることだ。たとえば、コアタイムを決める、同じ画面を見つめる(スクリーンで実際に動かしている様子を記録。そのまま動画にしたものを再生する)、情報を閉じ込めてはいけない(プロジェクト管理ツール「ベースキャンプ」で必要なファイルをひとつの場所で集中管理する)、バーチャルな雑談の場をつくる、などだ。
マネジメントの立場からのメリットとして、仕事そのものが評価の基準になることを挙げている。一日中そばにいて見張っている環境では、ささいな勤務態度が成績評価に影響してくることも多い。しかし、リモートワークでは、どんな仕事をしたかが問題になる。「誰が会社に貢献していて、誰が足を引っ張っているのか、本当のところが見えてくる」と書いている。会社に行くことが仕事だと思っていた人には、リモートワークによって厳しい現実が突き付けられるかもしれない。
リモートワークの落とし穴として、孤独に陥りやすいこと、仕事をしすぎること、運動不足などを挙げ、その対策も指南している。
さすが、アメリカ! 人材採用はカバーレターを重視
さすがアメリカだと思ったのは、人材採用の章だ。共同経営者の2人は、デンマーク・コペンハーゲンとシカゴと国境を超えたところで会社をスタートさせ、世界各国から人材を採用してきた。採用にあたっては、まずリアルな仕事をやらせて、それから人柄を見るという。また、履歴書や職務経歴書よりも、カバーレター(添え状)を重視するという。文章力が、ひと目でわかるからだ。
短期間の業務委託契約で働いてもらい、採用するかどうか見極めるという。働く側にとっても、リモートワークがうまくいく会社なら、概して働きやすい会社だと考えていい、と勧めている。
彼らの会社はシカゴに本社があるが、サポート担当者が交代で詰めるほか、あまり会社に人はいない。だが、1年に2回、約5日間は全員で顔を合わせるようにしているそうだ。取り組んでいるプロジェクトを紹介し、会社の方向性について話し合う。その数日のあいだ、社員の生産性はとんでもなく高まるという。また、直接ふれあった相手とは、その後リモートでもコミュニケーションをとりやすくなるメリットもある。
本書を読んで感じたのは、アメリカにおけるリモートワークの先見性と根底にある哲学だ。コロナ禍の付け焼き刃で始まった日本とは大違いだ。何よりリモートワークは「社員の生活の質を向上させる」という経営者の信念に感動した。(渡辺淳悦)
「強いチームはオフィスを捨てる」
ジェイソン・フリード、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン著 高橋璃子訳
早川書房
1650円(税込)