世界経済に大きな影響を与える米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長の再任が決まった。マーケットはこの人事に好感を持って反応したのか、一気に円安ドル高が加速した。
しかし、その影で米国のインフレが高進し、FRBの金融政策の大転換が迫りつつある。いったい、日本経済にどんな影響を与えるのか。エコノミストたちの分析を紹介する。
気候変動と富の不平等にアツイFRB女性副議長の誕生
ジョー・バイデン米大統領は2021年11月22日、来年2月に任期が切れる米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長(68)を再指名すると発表した。パウエル議長は共和党員で、トランプ前政権が起用した。その人物をあえて再任させることは、米国経済にインフレ懸念が高まる中で金融政策の安定と継続を重視する姿勢を示した形だ。
同時に、民主党員でもあり、オバマ政権で国際問題担当の財務次官を務めたラエル・ブレイナード理事(58)を副議長に昇格させる方針であることも発表。この人事は米メディアとウォール街の注目を集めた。主要メディアの報道によると、ブレイナード理事はハト派として知られる人物だからだ。
気候変動問題では「FRBの責任は限られている」として消極的な姿勢のパウエル議長に比べ、「FRBは大胆に関与すべきだ」と主張していた。
また、富の不平等に対する批判にも急先鋒の立場で、銀行規制に関しても前向きの姿勢。民主党の急進左派がパウエル議長に代わり、次期議長に強く推していたのだが、議会で多数を占める共和党の賛成を得られない可能性があった。
そこで、2022年の中間選挙をにらみ、支持率が低迷しているバイデン大統領が、いたずらに次期議長問題で議会と衝突してFRBの指導部に空白が生じることを避け、パウエル議長の再任を決断。合わせて民主党内を納得させるために、ブレイナード理事を副議長に抜擢したという見方がもっぱらだ。
いずれにしろ、FRB内でブレイナード理事の発言力が増して、パウエル議長の舵取り、そしてFRBの金融政策に影響を与えることは避けられないだろう。
今回のパウエル議長の再任とブレイナード理事の昇格で、FRBの金融政策はどうなるのだろうか。市場が注目しているのは、テーパリング(金融政策正常化のための資産買い入れの段階的縮小)のペースを加速させ、利上げ開始のタイミングを前倒しする可能性が高まるかどうかだが――。
「テーパリング」が一気に加速する
日本のエコノミストたちは「テーパリングの時期は早まる」とみる人が多い。第一生命経済研究所主任エコノミストの藤代宏一氏は「急変するFRB テーパリング加速はもはや既定路線」(11月25日付)で、「テーパリングは一気に早まり、FRBは2022年半ばまでに資産購入を終了。22年半ばに利上げを開始するだろう」と予想している。
その根拠として挙げているのが、11月24日に公開されたFOMC(米連邦公開市場委員会=FRBが定期的に開く金融政策の最高意思決定機関)の議事要旨だ。
「この議事要旨から判断すると、テーパリング加速の蓋然性は高まっており、2022 年に複数回の利上げがあることを同時に意味している。早ければ(今年)12月14日~15日のFOMCでテーパリング加速が決定され(減額開始は来年1月)、資産購入は3月に終了する。最もタカ派なシナリオは3月のFOMCにおける利上げ開始。
議事要旨には『さまざまな参加者が、インフレ率が目標水準よりも高くなり続けた場合、FOMCは資産購入のペースを調整し、FF(フェデラルファンド)金利の誘導目標レンジを参加者が現在予想しているよりも早期に引き上げる態勢を整えるべき』との記載があった。その後発表された(インフレの高進を示す)10月の消費者物価と雇用統計など一連のデータは、引き締めスケジュールの前倒しを検討するのに十分なほど強い結果であったと考えられる。また、それまでハト派な見解を固持していたFRB高官も動かしたと思われる」
藤代氏にとって議事要旨以上に衝撃だったのは、利上げに消極的だったハト派の代表格であるデイリー・サンフランシスコ連銀総裁のインタビューだった。
「『これまでの状況が続けば、私はテーパリングのペース加速を全面的に支持するだろう』『消費者物価指数の月間数字が再び高進した。これらはテーパリングの加速が必要なようだと示唆するものになる』などと発言。そのうえで『来年後半に1回、または2回の利上げが行われたとしても驚きはしない』として、2022年の『利上げ開始派』に転向した。
そうしたハト派に分類されるFRB高官ですらテーパリングの加速を支持し、利上げに前向きになっていることから判断すると、テーパリングの加速は既定路線と考えるのが自然だろう。パウエル議長の見解が変化しても不思議はない」
としている。
支持率アップになりふり構わぬバイデン大統領
野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジスト石黒英之氏は、パウエル氏はもちろん、ハト派で知られていたブレイナード氏まで「タカ派」に変身したことに注目。FRBの政治姿勢が変化し、金融の締め付けが加速するとみる。「バイデン大統領の支持率低迷とFRB(1)」(11月24日付)で、パウエル氏とブレイナード氏の記者会見の模様を、こう読み解く。
「11月22日にバイデン大統領は、パウエル議長の再任とブレイナード理事の副議長への昇格方針を発表しました。パウエル氏は会見で『インフレ高進が定着しないようツールを活用する』と述べ、ブレイナード氏も『インフレ率を押し下げる』と発言するなど、両氏が金融引き締めに前向きなタカ派的姿勢をみせたことはFRBの政策姿勢が変化する可能性を示したとみられます。
金融政策の風向きが変わりつつある兆候が出始めたことは米国株にとって懸念材料です。両氏がインフレへの対処に前向きな姿勢を示した背景には、インフレ長期化によりバイデン大統領の支持率が低下していることが考えられます」
バイデン大統領はインフレを抑制し、支持率アップを図るために、米国の石油備蓄の放出を発表。日本、中国、英国などとの協調を呼びかけたのだ。石黒英之氏は、最後にこう指摘する。
「2022年の中間選挙に向けてFRBにも金融政策の正常化を暗に求める可能性があるかもしれません。現時点で米国株式相場への影響は限定的ですが、今後のバイデン大統領とFRBの関係を注意深く見守る必要がありそうです」
バイデン大統領の中間選挙対策が、FRBの金融政策、さらには日本経済にも影響を与えつつある。いずれにしろ、今回のFRBの人事発表によって、円安ドル高が加速した。日本経済はどうなるのだろうか。
「いい円安」と「悪い円安」があるが...
円安にも「いい円安」と「悪い円安」があるが、悪いほうが進行しつつあるように見える指摘するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。「パウエルFRB議長の再任と悪い円安進行」(11月24日付)で、こう述べている。
「日本では円安進行による輸入物価の上昇が、企業の収益悪化や個人の生活費を押し上げることで経済にマイナスになる、いわゆる『悪い円安』を懸念する向きが増えている。しかし現時点で、日本銀行が円安を食い止めるために引き締め的な政策を行う可能性は考えられない。実際のところ、企業の収益悪化や個人の生活費を押し上げる効果は、円安よりも原油高のほうが格段に大きい。円安進行に経済に悪影響を与える負の側面があることは確かであるが、日本銀行はこの点に、現状では大きな注意を払っていない。
ただし、2023年4月の黒田東彦総裁の退任以降は、日本銀行も慎重に出口戦略を模索することが予想される。日本銀行は金融機関の収益に悪影響を与えてきたマイナス金利政策の解除を、優先的に考えているだろう。一方で、マイナス金利政策の解除が急速な円高を生じさせることも強く警戒している。
FRBが利上げを進める局面でマイナス金利を解除すれば、円高のリスクを一定程度抑えることが可能となる。そこで、パウエル議長の下で進められる利上げの機会を逃さずに、日本銀行は2024年以降にマイナス金利の解除に動く可能性が考えられる」
いずれにしろ、2023年4月の黒田東彦総裁の退任を待たないと、日本の金融政策の正常化は始まらないということのようだ。
ソニーフィナンシャルグループのシニアエコノミストの渡辺浩志氏も、ヤフーニュースのヤフコメ欄で、悪い円安と原油高のダブルパンチの影響を、こう指摘している。
「円安はメリットを受ける人とデメリットを受ける人の双方が存在します。現在は円安と資源高が重なって輸入物価が急上昇し、生活必需品の値上げや燃料コスト増が家計や内需企業に打撃を与えています。一方、外需企業は価格競争力が高まり輸出量が増えたり、海外利益の円換算額が増えたりするメリットがあります。現時点では、経済全体でみれば円安による輸出や企業収益へのプラス効果が輸入コストの増加によるマイナスの影響を上回っていると思われます。
しかし、企業部門が得た円安メリットが賃金上昇の形で家計に還元されていません。家計には値上げによる実質賃金(購買力)の低下などのデメリットばかりが蓄積し、悪い円安を懸念する声が高まっています。賃金上昇を伴う物価上昇や個人消費の活発化が見込めない現状では、日銀が景気悪化に繋がりかねない利上げを行うことは困難。当面は金融緩和の幕引きへ向かう米国の事情が円相場を決める流れが続きそうです」
(福田和郎)