「アメとムチ」より「北風と太陽」の太陽を!
こうした岸田文雄政権の「賃上げ」を目指す動きを、エコノミストたちはどう見ているのだろうか。
すでにアベノミクスで失敗している「税優遇政策」をもう一度行なっても効果が期待できないとするのは、経済評論家の門倉貴史氏だ。ヤフーニュースのヤフコメ欄で、こう指摘する。
「企業への賃上げ要請や賃上げした企業への法人税優遇措置は、すでにアベノミクスで実行されている。アベノミクスでうまくいかなかった政策を継続しても、大きな効果は期待できないのではないか。
仮に、政府の賃上げ要請に応じて企業が従業員の賃金を引き上げたとしても、短期的には賃金を引き上げた分だけ将来の収益見通しが悪化してしまうため、企業は新規の設備投資を抑制するようになるだろう。結果として、日本経済の潜在成長率(中長期的に達成可能な成長率)を押し下げてしまい、岸田内閣が描く『成長と分配の好循環』にはつながらない可能性が高い」
と予想するのだった。
野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏も、「税優遇では持続的な賃上げは起こせない」(11月19日付)で、岸田政権が目指す「基本給の引き上げ」が税優遇の条件になった場合、かえって逆効果だと批判する。
「今回の改正で、基本給の引き上げを新たに要件とすれば、賃上げ効果はむしろ小さくなってしまうのではないか。ひとたび基本給を引き上げれば、再度引き下げることは難しくなり、また年金・保険料の会社負担などのフリンジ・ベネフィット(編集部注:fringe benefit=企業が従業員に提供する交通費や住宅・子弟教育の補助などの給与以外の経済的利益)も押し上げて、中長期的な固定費の増加につながる可能性がある。それは、経済環境次第では企業の収益を大きく圧迫しかねない。企業は基本給の引き上げに慎重なのである。
企業は、仮に一時的に税制面で優遇措置を得られても、将来の成長に自信が持てなければ、賃金、特に基本給の大幅な引き上げは行わない。税制面での優遇措置、いわゆる『アメ』で企業の賃上げを簡単に促すことができると政府が考えているとすれば誤りである。企業は目先の利益ではなく、中長期の経営環境を踏まえて、慎重に賃金政策を決定している。税制面の優遇措置は、いわば小手先の対応である」
そして、木内氏はこう結ぶのだった。
「政府は直接賃金を引き上げるように、『アメとムチ』の双方から企業に働きかけるのではなく、企業が自ら賃上げを行うような環境を整えることこそが重要だ。そのためには、成長戦略や構造改革を通じて企業の成長期待を高める必要がある。『北風と太陽』の寓話でいえば、『太陽』の政策がより重要となるのである」