ガソリン価格の高騰が止まらない。物価への影響も深刻だ。
経済産業省は2021年11月16日、ガソリン価格を抑えるために石油元売り業者に補助金を出す方針を示したが、主要メディアやエコノミストのあいだで、猛批判が起こっている。
莫大な補助金は業者の懐を潤すだけで、税金のムダ遣いに終わるというのだ。いったい、どういうことか――。
元売り会社「税金で儲けたと思われるのが怖い」
経済産業省は、ガソリンの平均価格が一定の水準を超えた場合、元売り各社に卸売り価格の上昇を抑えるために補助金を出す方針だ。具体的には、レギュラーガソリン1リットルあたり170円を超えたら、1リットルあたり最大5円を出す案が有力になっている。11月19日に行われる岸田文雄政権の経済政策決定会議で正式に決まる。
こうした動きに、主要各紙は批判の論陣を張っている。朝日新聞(11月18日付)「ガソリン高抑制へ補助金 効果不明、業界から疑問も」では元売り業者の嘆きを、こう書いている。
「元売りの関係者は、『補助金を卸売価格に反映せず、懐に入れているんじゃないかと消費者から言われるのが一番怖い』と話す。最終的に小売価格を決めるのは全国のガソリンスタンドだ。元売りの関係者は『卸売価格に反映させても、小売店がそのまま反映させるかどうかもわからないし、強制もできない』と打ち明ける。小売価格は店ごとにバラバラで、卸売価格だけでなく、輸送費や人件費も影響する」
そして、ガソリンスタンド側からも批判の声が上がるありさまだという。
「ガソリンスタンドの経営者は『無理筋の愚策だ。我々にとっていいことは何もないです』と話す。小売価格は地域によって差があるのに、『170円』という発動条件が独り歩きする懸念があるからだ。補助金が出た後に170円を超える価格をつけていると、税金でもうけていると誤解した消費者から苦情を言われる可能性もある」
日本経済新聞(11月18日付)「ガソリン補助金 効果・公平さ疑問」では、公平性の問題点を特に強調した。
「ガソリンの高騰が家計を圧迫しているのは確かだが、価格上昇はガソリンだけではない。大正大学の小峰隆夫教授は『ガソリンだけ特別扱いをするのは疑問だ。これが広がれば大雨で野菜価格が高騰したときも補助金が必要になる』と指摘する」
さらに同紙は「市場機能ゆがめる恐れ」という見出しの小竹洋之編集委員の署名コラムを載せ、こう激しく批判した。
「これが岸田文雄首相の描く『新しい資本主義』のかたちなのか。いまのエネルギー価格の高騰は、脱炭素社会に至る『生みの苦しみ』といってもいい。再生可能エネルギーを十分に確保できない段階で、化石燃料への投資を絞ろうとすると、原油高などが頻発する可能性がある。小手先の補助金ではなく、脱炭素の目的に反しないポリシーミックスが必要な局面である。
先の衆院選では、大盤振る舞いを競う野党の多くが国民の厳しい審判を受けた。岸田政権にも安易なバラマキのお墨付きを決して与えたわけではあるまい」
「自由価格で成り立つ市場を補助金が歪めてしまう」
エコノミストたちの批判も相次いでいる。
野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は、「ガソリン価格高騰への対応で政府が補助金を導入~なぜガソリン価格高騰だけに対応するのか」(11月17日付)で、7つの問題点を指摘した。
「第1に、ガソリン以外にも輸入を通じた価格高騰は、エネルギー関連、食品関連など既に幅広く及んでいる。電力・ガス料金の値上げも同様だ。他の業界からも同様な補助金の導入を求める声が高まり、収拾がつかなくなることはないか。
第2に、この補助金制度は最終需要者である個人や運輸業者などを支援するものだが、一方で中間段階の企業を支援しないのは不公平になるのではないか。輸入原材料価格が高騰する中、最終財の生産者物価や消費者物価は比較的安定を維持している。これは、輸入原材料価格高騰の影響の相当分は中間段階で吸収され、既に中間段階の企業収益を圧迫していることを意味する。
第3に、ガソリン価格高騰の影響は、かなり広範囲な国民に及ぶ。他方、それを財政資金で支援することは、将来世代も含め国民全体の負担となる。補助金や給付などの制度は、本来、少数の企業や国民を、幅広い国民の負担で支援するものであるはずだ」
費用対効果の面からも問題が多く、業者の懐を潤すだけの結果にならないかとして、こう続けた。
「第4に、ガソリン価格が170円を超えることを補助金制度発動のトリガーとした制度設計が検討されているが、170円を基準とする根拠がわからない。
第5に、補助金の上限を5円とすることが検討されているが、それでは、ガソリン価格がさらに上昇していけば、補助金の効果は薄れていってしまう。
第6に、補助金の分だけ元売り事業者が小売業者への販売価格を抑えても、ガソリンスタンドなど小売業者が値下げをせずに、その分利益を得る可能性もあるだろう。当初の狙いとは別に、小売業者を支援することになってしまう可能性がある」
そして、こう結んでいる。
「第7に、本来自由価格によって成り立つ市場を、政府が補助金制度によって歪めてしまうことにはならないか。現在、11月19日の経済対策取りまとめに向けて、各省庁は多くの対策案を政府、与党に集約することを求められている。財政資金は国民の負担によって成り立っていることから、1円たりとも無駄にしないという姿勢のもと、経済対策の策定に向けて、政府には費用対効果の高い政策を厳選して欲しい」
「法律があるのに政府はなぜガソリン減税をしないのか」
一方、ほかのエコノミストたちからは「トリガー条項」の発動を求める意見が目立った。「トリガー条項」とは租税特別措置法第89条に基づき、「レギュラーガソリン1リットルあたりの価格が3か月連続して160円を超えた場合、ガソリン税の上乗せ分(旧暫定税率)25.1円の課税を停止し、その分だけ価格を下げる」というものだ。
J‐CASTニュース会社ウォッチでも、「えっ! 急騰中のガソリン価格を安くできる? エコノミストが指摘する『とっておきのカード』を政府が切らないワケ」(11月5日付)で取り上げた。
その中でも指摘しているが、岸田文雄政権は「トリガー条項を発動すると、ガソリンの買い控えの動きが加速し、返って経済が混乱する」として発動しない方針なのだ。
しかし、エコノミストのあいだでは、補助金よりもガソリンの減税のほうが効果ははるかに大きいという見方が強い。ヤフーニュースのヤフコメ欄には、こんな意見が相次いでいる。
エコノミストで経済評論家の門倉貴史氏は、
「ガソリン価格の高騰は実質的に増税しているのと同じで、家計の可処分所得を目減りさせてしまう。ガソリン価格の高騰が続く間はガソリン税の暫定税率分(1リットル当たり25.1円)を一時停止にして、実質的に減税し、家計の可処分所得を下支えるべきではないか。
ガソリン税の暫定税率分を一時停止にすれば、1か月あたり約1000億円の税収減となる。仮に3か月間、一時停止とすれば約3000億円の税収減となる。ただ、2兆円もの財源を使って(緩い所得制限で)0?18歳の子どものいる世帯に10万円相当を給付するよりは、経済対策としての費用対効果ははるかに大きい」
と指摘した。
ソニーフィナンシャルグループのシニアエコノミスト、渡辺浩志氏も、
「これ(補助金)でガソリン価格が5円下がるわけではなく、効果は不透明です。ガソリンスタンドの減少で価格競争が不活発となったため、最近のガソリンは値上がりしやすく、値下がりしにくくなっています。政府の補助金は元売りや小売り業者の懐に入ってしまい、恩恵が消費者に届かない恐れがあります。
25.1円の上乗せ課税を停止するトリガー条項の発動のほうがわかりやすい策ですが、政府はこれを行わない方針。理由に『ガソリンの買い控えと反動による流通の混乱、国・地方の財政への多大な影響』を挙げています。しかし、クルマ社会の地方や灯油消費量が増える寒冷地の一般家庭はすでに困窮しており、即効性と透明性のある確実な対策を切望しています」
と、やはり「ガソリン減税」を求めたのだった。
(福田和郎)