新型コロナウイルスは、社会・生活・ビジネスのあり方に大きな影響を与えた。このあと待っている変化をどうビジネスに生かしていくのか。本書「ネクストカンパニー」(クロスメディア・パブリッシング発行、インプレス発売)の副題は、「新しい時代の経営と働き方」だ。
注目のIT企業トップが、2020年代の経営、成熟市場のビジネス、デジタル化の本質について語っている。
「ネクストカンパニー」(別所宏恭著)クロスメディア・パブリッシング発行、インプレス発売
「高く売る」しか生き残れなくなる日本企業
著者の別所宏恭さんは、IT企業、レッドフォックスの代表取締役社長。1965年生まれ。横浜国立大学工学部中退。独学でプログラムを学び、同社を創業。モバイルを活用して営業やメンテナンス、輸送など現場作業の業務フローや働き方を革新・構築する汎用プラットフォーム「SWA(Smart Work Accelerator)の考え方を提唱し、2012年に「cyzen(サイゼン)」のサービスを開始、多くの成長企業、高収益企業に採用されている。
下請け時代には資金繰りが苦しくなり、オフィスはなくなり、人は辞め、会社の所在地も妻の実家の6畳間になるという辛酸を経験した。下請けからの脱却を目指して挑戦し、現在のSaaS(Software as a Service)事業に転換。売り上げと社員数は最盛期より大幅に減ったが、1人当たりの売り上げは4倍、平均給与も1.5倍になった。
こうした中小・ベンチャー企業の経営者だからこそ見えてきた「真実」がある。日本のすべての企業にとって必要なのは「高く売ること」。そして飛躍を生むビジネスを見つけるための前提となるのが「情報」だという。
第1章は「日本と日本企業が直面している不都合な真実」と題して、労働市場などの現状を整理し、コスト削減やいきすぎた最適化が企業に何をもたらすのか、またなぜ「高く売ること」が必要なのかを説いている。
日本は「労働人口が減る×1人当たり労働時間が減る×労働者平均年齢が上がる」という三重苦が進む状況にある。企業が労働者1人を一定時間雇うためのコストは確実に上がる。少子高齢化が進み、社会保険料は上昇、半額を払っている会社の負担も増えるので、人件費コストは大きく増加している。
こうなると単なる労働集約型の産業は、国内では生き残れなくなる。これまでの「いいものを安く大量につくり、たくさん売る」という考え方を根本から変えなければならないところまで追い込まれている、と指摘する。
これからの時代、コスト削減や最適化で得られる儲けが否応なく先細っていく。利益の源泉は「高く売ること」に見出すべきなのだ。わかりやすい例として、EV(電気自動車)メーカーのテスラを挙げている。まず、市場規模が小さなスポーツカーで「テスラは高価だが先進的でかっこいいというイメージ」を消費者に定着させてから、より販売量が見込めるモデルを発売した。こうすることで、のちのモデルで高く売る苦労を軽減することを可能にした。
日本の労働生産性が低いことが最近よく叫ばれている。2019年、1時間当たり労働生産性は、OECD加盟国の中で日本は21位と下位にある。労働生産性を高めるうえで大事なのが、「スピード」だと、別所さんは指摘する。「仕事を早くして分母たる時間を減らす」ことが、「高く売る」と並んで労働生産性を上げるカギとなる。
アフターコロナでもオフィスは重要
決断を早くする、すぐに始める。すぐに修正する。こうしたスピード経営の例として、アイリスオーヤマやセンサー・測定機器大手のキーエンスを挙げている。「他社が参入してきたときには、もうそこにはいない」とよく言われる。また両社は、「決断からリリースまで」の仕組み化も徹底されているという。
新しいニーズをすぐに製品化して、一番乗りで売れるように、現場やお客さまを近くで観察し、ニーズを発見したら、すぐに集約して企画・開発が動き出すような組織体制・仕事のやり方が整備され、確立しているのだ。
面白いと思ったのは、第3章「日本と日本企業が変わるべき姿」で、オフィスの重要性を説いていることだ。コロナ禍でリモートワークや在宅勤務が進んだが、今後もオフィスは必要だ、という。オフィスの機能として重要なのは、利益の源泉たる「何をつくるか」「何を伝えるか」というアイデアを生むことだ。
クリエイティブな議論に必要不可欠なのは「直接」の対話であり、ビデオ会議ではダメだというのだ。そして、高収益企業が「いいオフィス」に力を入れていることを紹介し、オフィスが人材の採用に大きな力を持っている、と力説する。
では、地方の企業に望みはないのか――。じつは別所さんは大都市以外にも拠点を持つ企業の今後に注目しているという。高価格帯を中心とする秋田県の酒蔵・新政酒造の例を挙げ、8代目の佐藤祐輔さんによる革新を紹介している。
東京大学を卒業し、家業を継ぐまでジャーナリストだった佐藤さんが、日本酒文化をこれまでと違う視点でとらえていること、都市に住む人々の文化への深い洞察が、独特のデザインなどに表れていると評価している。「いる場所が変わっても、情報と文化の大原則は変わらない」というのだ。
コロナ禍で地方への移住・転職を検討している大都市圏の優秀な人材がいる今こそ、地方企業のチャンスだと考えている。
最終章で、別所さんはデジタル化について予測し、今後、スマートフォンからスマートグラスへの移行が進むと見ている。この変化は「PCからスマートフォンへ」以上の革命だという。「いつでもどこでもネットに接続している」デバイスの登場で、検索力がこれまで以上に発揮され、ビジネスにも変化が起きると見ている。そして、中小企業から、2020年代を突き抜けて繁栄していく次世代の会社=「ネクストカンパニー」が生まれると鼓舞している。地方の中小企業の若き経営者に読んでもらいたい本だ。
「ネクストカンパニー」
別所宏恭著
クロスメディア・パブリッシング発行、インプレス発売
1628円(税込)