11月は総務省の「テレワーク月間」。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、一気にテレワークが浸透したが、新規感染者の減少とともに再び職場に通勤する人が増えてきた。しかし、テレワークの大きな流れは止まらないと見られる。今月は、テレワークや電話、コミュニケーションに関連する本を紹介しよう。
本書「テレワーク導入・運用の教科書」は、一般社団法人日本テレワーク協会が編集。「教科書」と銘打っているだけに、テレワークの基本書として信頼が置けるものだ。
テレワーク導入の手順と推進体制、社内制度・ルール、ICT(情報通信技術)環境の構築、テレワーク時の執務環境、具体的な事例と、導入に必要な要素をきめ細かく網羅している。
「テレワーク導入・運用の教科書」(一般社団法人日本テレワーク協会編、宇治則孝・今和泉千明・椎葉怜子・鈴木達郎・武田かおり・中島康之著)日本法令
移動時間の減少が営業職のメリット
テレワーク導入の手順やICT(情報通信技術)環境の構築などについては類書があるので、ここでは導入事例をいくつか紹介したい。
広告・出版業のリクルートマーケティングパートナーズは、2015年10月に全従業員約1200人を対象に、一斉にテレワーク(同社ではリモートワークと呼称)を導入した。早い時期に大規模に導入したため、注目を集めた。導入の理由は3つあったという。
(1) 従業員の半数以上を占める営業職の営業活動を効率化するために移動時間の短縮が大きな課題となっていた。
(2) 従業員にワーキングマザーが増加したことで在宅勤務制度などの利用が大幅に広がっていた。
(3) 中途入社のエンジニア職の中には在宅勤務などの新しい働き方への知見や経験をもっているエンジニアが多く、優秀なエンジニアを継続採用するためには、ニーズを満たす必要があった。
利用条件は、利用日数や終日・部分利用など、本人が自由に設定できるが、週1日以上は出社を必要としている。場所は、自分以外の人間が業務用端末を操作できない、のぞき見されない場所であれば、自宅、カフェ、図書館などさまざまな場所でリモートワークが可能だ。
導入した効果について、先行導入テストに参加した人のアンケート結果を紹介している。生産性の向上の効果は65%、労働時間が減少した効果は45%。移動時間の減少、計画的な行動が主な理由だ。96%が継続を希望した。
社員の声として、「時間の考え方が大きく変わった。『時間は有限である』ということに本当の意味で気づき、コミュニケーションの取り方ひとつも意識するようになった」、「生まれた時間で、今まで以上に効果を返せるように顧客のことを考えるようになった」などを紹介している。同社は2015年、日本テレワーク協会が主催するテレワーク推進賞で会長賞を受賞した。
効果は絶大! 大同生命のケース
大同生命保険では、2014年に導入し、現在までにのべ1000人以上が利用している。対象は所属長が認めた職員で、週3日が上限だ。同社では2013年に全ての営業担当者にタブレット端末を導入し、顧客へワンストップの対応が可能になった。また、タブレットを活用した外出先での業務報告や直帰等が可能になったことが、モバイルワークによる労働時間の削減に寄与しているという。
その効果は劇的だ。一人当たりの月平均残業時間は、労働時間削減の取り組みを本格的に開始した2008年に比べて半減。それにもかかわらず、契約業績面では新契約高が順調に伸び、2016年度末には保有契約高も40兆円を突破し、過去最高を記録した。
同社の事例は在宅勤務を含む働き方改革が生産性やワークライフバランスの向上に効果を上げることを証明するものだ。2017年に総務省の「テレワーク先駆者100選 総務大臣賞」に認定され、さらに、2年連続で「男性社員の育休取得率100%」を達成して「イクメン企業アワード2015」のグランプリを受賞した。
これらの2社は、コロナ禍の前からテレワークを導入した先駆者的な存在だ。コロナ禍においてもスムーズに業務が行われたことは想像に難くない。
佐賀県庁でも効果
民間よりもテレワーク導入が遅れている官公庁でも導入が進んでいる。地方自治体では、佐賀県の取り組みを取り上げている。県庁全職員約4000人が対象で、形態は在宅勤務、モバイルワーク、サテライトオフィスがあり、「テレワークでどこでも県庁」を実現している。
佐賀県では全国に先駆けて2008年から育児・介護を行う職員を対象に在宅勤務制度を導入していた。2013年からはテレワークを福利厚生ではなく経営戦略として推進した。
その結果、持ち帰り対応回数は約49%減少、復命書作成時間は50%削減、直帰できる率は、ひと月あたり16%から28%と75%向上した。
本書を読み、テレワーク導入の試みは、意外と早い時期からあったことを知った。そして、コロナ禍で現実的な課題として多くの企業が駆け込み的に導入したことを痛感した。NTTは今年9月、2022年度に社員の働き方はリモートワークを基本とし、自ら働く場所を選択できるようにすると発表した。転勤や単身赴任は不要となる新しい経営スタイルとして、注目されている。
テレワークのメリットを経営者と社員の双方が知り、もう後戻りはできないと思うが、会社に通勤する従来の働き方がいいという人もいる。しばらくはテレワークの効果を検証する動きが強まるだろう。(渡辺淳悦)
「テレワーク導入・運用の教科書」
一般社団法人日本テレワーク協会編、宇治則孝・今和泉千明・椎葉怜子・鈴木達郎・武田かおり・中島康之著
日本法令
2530円(税込)