新型コロナウイルス禍の影響でテレワークが広がるなか、世界各国で「つながらない権利」に注目が集まっている。
労働者は勤務時間以外に仕事の電話やメールを拒否できるという権利で、すでに法律で規定している国もあり、日本でも立法化が必要だという声が上がっている。
「つながらない権利」フランスで2017年に法制化
「夜間も休日も業務のメールがどんどん来て、休んだ気がしない」
そう話すのは、東京都内の大手企業に勤務する40代の男性だ。コロナ禍以降、週に1~2度、テレワークをしているが、勤務時間外のメールが増えたという。
「在宅勤務をしていると、仕事の区切りがつけにくくなる。上司も同僚も思いつくままにメールを送ってくることが常態化している」
と嘆く。
コロナ禍で世界的にテレワークが急増し、各国で好意的に受け入れられている。だが、その副作用として、仕事とプライベートの境界があいまいになり、過重労働のリスクが高まっていると警戒する声が強まってきた。こうしたなか、各国で議論されているのが「つながらない権利」だ。
「つながらない権利」は2017年、世界で初めてフランスで法制化された。その議論は既に2000年代から始まっていたが、きっかけは携帯電話やメール機能など通信技術の発達でプライベートな時間が脅かされたことだ。
フランスの法律では、「つながらない権利」が存在していることを明確化し、これを実効性のあるものにするため労使交渉で取り決めるよう求めている。
フランスに倣ってイタリアも立法化したほか、コロナ禍の中で英国やメキシコでも具体的な議論が活発化。フィリピンでも検討が進むなど、世界的に関心を集めるテーマになっている。
ズルズルと際限なく働いてしまう環境が広がっている
翻って日本はというと、議論が進んでいるとは言いがたい状況だ。
その理由について、労働問題に詳しい専門家の中には、
「そもそも公私を切り分けるのが難しいという文化的な背景がある。特に中高年者の中には『会社は家族と同じ』という見方もあり、勤務時間外の接触を禁止するような立法化の話まで進みにくい」
という指摘もある。
一方、企業の中には社員の心身の健康を守るため、「つながらない権利」を行使できるよう、さまざまな取り組みも始まっている。
夜間や休日はメールの送受信を禁止する企業もあるほか、休日にメールを送ろうとするとパソコン上に注意を促す表示を出すような工夫をするケースもある。
通信技術の発達で、自宅だけでなく、旅先で仕事をする「ワーケーション」を活用する人も目立ってきている。労働者の自由度が増しているように見えるが、注意しなければズルズルと際限なく働いてしまう環境が広がっているとも言える。
「働く人を守るには、何らかのルールを整備しないといけない」と危機感を抱く専門家は多く、「つながらない権利」をめぐる議論が活発化しそうだ。(ジャーナリスト 白井俊郎)