「キシダノミクス」は期待薄か? 与野党の選挙公約を5人のエコノミストが斬る(1)

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   「令和の所得倍増」も「金融所得課税」も引っ込めてしまった岸田文雄首相の「キシダノミクス」。期待は「分配」によって、格差を是正してくれることだろうか――。

   一方、野党側も選挙公約に多くの「バラマキ」を打ち出している。こうした与野党の経済政策。エコノミスたちはバッサリと斬った。

   期待してはダメなのだろうか?

  • 岸田文雄首相の「キシダノミクス」には批判が多い
    岸田文雄首相の「キシダノミクス」には批判が多い
  • 岸田文雄首相の「キシダノミクス」には批判が多い

「ボーナスに騙されている正社員」

   岸田文雄首相は、選挙公約のキシダノミクスに「分配」を第1の柱に掲げているが、本当の生活者の目線に立っていない。それは非正規雇用で働く人の視点が抜け落ちているからだ、と指摘するのは第一生命経済研究所済調査部首席エコノミストの熊野英生氏だ。

   「分配戦略:もっと吟味すべき3つの論点 ~どこに勤労者は不満を持つのか?~」(10月19日付)で、まず、実質賃金が1996年をピークに、ほぼ一貫して下落している事実を提起する=図表1

図表1:「物価と賃金の関係」実質賃金が減少しているに物価は上昇(第一生命経済研究所作成)
図表1:「物価と賃金の関係」実質賃金が減少しているに物価は上昇(第一生命経済研究所作成)

   これを見ると、実質賃金はどんどん下がっているのに、消費者物価は逆に2013年から上がり始めている。2013年はアベノミクスが始まった年だ(2019年まで)。つまり、アベノミクスが始まってから、生活が苦しくなったことを意味する。

   熊野英生氏はこう説明する。

「(アベノミクスで)2013~2018年まで名目賃金は上昇した。しかし、そのペースは物価上昇率に割り負けてきたのが実情だ。消費者物価上昇率に対して、賃金の増加率分が上回っていないから、勤労者は生活が苦しくなったと不満を持つ。実質賃金を上げるには、(1)労働生産性を高めることと、(2)サービス需要を高めること、それを同時に行わなくてはいけない。
岸田首相は、法人税減税を梃子に使って賃金分配を進めると、『分配は次の成長』を促す効果があると言っているので、循環メカニズムが働き始めることへの期待感はある。その一方で、サービス需要の弱さの背後には、年金生活者の購買力の弱さがあるから、分配戦略だけではどうしようもない側面もある。そうした足枷を大きく上回るくらいに、アベノミクス下の官民一体の賃上げを大きく進めることができるのか。その点は、正直に言って不確実性が大きいと思える」

   カギを握るのは「非正規労働者の問題」だと熊野氏は指摘する。

「岸田首相は、労働分配率を引き上げて、分厚い中間層を再構築するという。中間層を形成するのは、正社員が対象になると推定される。では、非正規の方はどうなるのか。筆者は、以前から成長の果実が非正規労働者には届きにくいことが、デフレ傾向を生んだと考えてきた。今回も、成長の果実が自然の流れとして非正規労働者に回っていくような議論になっているが、仕組みとして、非正規労働者にボーナスがないことが多い。
正社員は企業収益の改善を受け、ボーナスが増える効果によって賃金が増える。非正規労働者が成長の果実を得るには、彼らがボーナスを得るという考え方もあろうが、筆者は正社員への転換を積極的に促すほうが本筋だと考える。財政資金を使って、給付金や慰労金を渡すよりも、非正規労働者の人々が正社員の待遇を得ることのほうがより継続的な効果があるはずだ。野党の公約には、そうした給付が特に目に付くが、もっと非正規労働者の正社員化を論じたほうがよい」

   熊野氏は、「正社員がボーナスという形で成長の果実を得る問題は、もっと深掘りをして考えるべきだ」と述べて、こう結んでいる。

「春闘のときには、経営者側の『ベースアップよりも一時金で処遇する』という言葉を聞く。生活者の目線でみて、賞与よりも月例給与の水準が継続的に上がるほうが、ずっと生活を豊かにできる。なぜ、経営者がボーナスを望むかと言えば、ベースアップだと、不況に転じたときに人件費を減らしにくい。
その結果、正社員は、賞与が将来は減らされる可能性があると不安を抱きながら生活をしなくてはいけなくなる。岸田政権が、法人税減税を通じて賃金を引き上げることは、筆者も賛成する。しかし、そこで企業が専ら賞与を通じた分配に走る可能性は残る。岸田政権は、そうした点も十分に考慮した上で、ベースアップを支援するのに有利な税制をプランニングすることが肝要だ」

分配は「金の卵を産む鶏」の企業をつぶす

   一方、「あくまで富を生み出すのは企業だ」という立場から、キシダノミクスの「分配論」には「金の卵を産む」はずの企業側への配慮が欠けていると批判するのは、岡三証券グループの岡三グローバル・リサーチ・センター理事長の高田創氏だ。

   「成長なくして分配なし、新政権はプロビジネスのメッセージを『コンクリート~人へ』再考、分配重視の反省は何か」(10月19日付)で、かつて民主党政権下で事業仕分けに携わった経験を反省し、ポピュリズム(編集部注:大衆迎合主義の人気取り政治運動)の観点から岸田首相の「分配重視」の姿勢を厳しく批判。キシダノミクスの中にも含まれている格差是正のさまざまなメニューの問題点を表にしたうえで、こう指摘した=図表2参照

図表2:格差是正メニューの問題点(岡三証券作成)
図表2:格差是正メニューの問題点(岡三証券作成)
「分配重視のメッセージはポピュリズムの観点から政治的に見栄えが良く、立憲民主党との対立を回避する観点からもうってつけだ。図表は格差問題への対応の理論上のメニューである。今後、格差是正の観点から以下の項目が改めて議論されることもあるだろう。
企業は法人税負担も利払い負担も軽減された状況にあるだけに法人税負担増加、課税範囲拡大も視野に入ってくるだろう。環境問題を展望し、炭素税も含めた環境課税を一定の環境対応へのインセンティブ策とすることも考えられる。ただし、現実に目を向ければ、法人税はアベノミクスでようやく35%から29%に引き下げ、 欧米並みの20%台にしただけにその引き上げは容易でない」

   そして、本来の「分配」は企業を通じてなされるべきだと、こう主張する。

「日本がアベノミクス以降、企業の収益環境を支援するプロビジネス(編集部注:企業活動を重視する姿勢)の発想を継続したのは、バブル崩壊後の資産デフレの悪循環のなか、企業を富ませることにより株式を中心とした資産価格を底上げすることにあった。それだけに、(キシダノミクスの)法人税を含め企業負担拡大は『金の卵を産む鶏』を殺しかねない。拙速な資産課税は得策でない。むしろ株式を中心とした資産保有が容易になる税制インセンティブを考えるべき局面である。
図表3はどのような経路で企業が国民へ富を分配するかを示す概念図だ。政府を通じた分配も、結局は企業を通じた富の形成が源泉になり、国債発行と言っても打ち出の小槌で富が生じるものでもない。図表3では、日本企業が国民に富を分配する3ルートを示しており、第1は、バランスシート(B/S) 上の投資、第2は損益計算書上(P/L)の賃金支払い、第3は利払いにある」
図表3:企業が国民に分配するルート(岡三証券作成)
図表3:企業が国民に分配するルート(岡三証券作成)

   しかし現在、現実には以上の3ルートが滞った結果、企業が保有するキャッシュ(編集部注:内部留保など)は高水準が続いているという。本来の『分配』政策として、企業が投資や賃金で還元しやすくするべく、成長戦略として企業の成長率が高まる政策を行う必要があると訴える。そして、高田創氏はこう結ぶのだった。

「アベノミクス否定ではなく、アベノミクス継続で企業からの分配強化に努めるべきである。むしろ、アベノミクス以降の『3本の矢』とされた政策を維持・強化させることだ。短絡的に『分配重視』に舵を切って、『プロビジネス』の潮流を妨げてはいけない」

「税金は廃止して必要な予算はすべて国債で賄う気か」

   一方、財務省の矢野康治事務次官が月刊誌で「バラマキ政策だ」と与野党を痛烈に批判したことを「矢野氏の危機感に全面的に賛同する」として、財政再建に目を向けないキシダノミクスの批判したのが、明治安田総合研究所のフェローチーフエコノミスト、小玉祐一氏だ。

   「いつまでも逃げられない財政再建」(10月18日付)の中で、矢野氏を非難した与野党幹部らから、日本が財政破たんすることなどあり得ないという論調が飛び交ったことを、こう批判した。

「考えてみれば、『景気が回復すれば財政は改善するので増税は不要』という類の主張は昔から常に存在してきた。55年体制のもとでは社会党がそう述べていた。しかし、ヒストリカルデータは、景気回復でもそうならなかったことを示している。
なかには財政問題は存在しないと主張する人までいる。天からお金が降ってくるようなうまい話はない。たとえば、国内通貨建ての債務はいくらでも出せるという議論がある。何事も極論から入るとわかりやすいが、そうであれば、世の中の税金はすべて廃止し、必要な予算はすべて国債で賄うべきだ。それができない以上、どこかに限界があるはずだ。
誤解されがちだが、MMT(編集部注:『財政健全化しなければ財政破綻する』という常識に真っ向から反論する現代貨幣理論)も無限に財政拡張が可能と主張しているわけではない。インフレが起きるまではという但し書きがついている」

   そして、小玉祐一氏はこう結んでいる。

「バブルは崩壊しないとわからないというが、国債は最後のバブルかもしれない。日本国債の保有構造が強固なのは確かだが、限界を試すような拡張財政路線が今後も続く可能性は低くない。地震は、先に行けば行くほど、いざ来た時のマグニチュードが大きくなるとされていることを忘れてはならない」

(福田和郎)

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