台湾の半導体製造大手、TSMCが熊本に新工場 緊張高まる台中対立で地政学リスクの分散狙う

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   半導体の受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)が、熊本県に新しい工場を建設することになった。

   世界的な半導体不足が長期化するなか、日本政府は「経済安全保障」の観点から誘致に動いており、数千億円規模の補助金などで支援する方針。「大歓迎」ムードだ。

  • 世界的な半導体製造大手、TSMCが熊本に新工場を建設(写真はイメージ)
    世界的な半導体製造大手、TSMCが熊本に新工場を建設(写真はイメージ)
  • 世界的な半導体製造大手、TSMCが熊本に新工場を建設(写真はイメージ)

TSMCの日本誘致は「国策」だ!

   半導体はクルマ、電子機器などの生産に不可欠な「産業のコメ」といわれ、人工頭脳(AI)などの技術の飛躍的な発展とあらゆるものがインターネットでつながる「IoT」など社会のデジタル化の進展で、半導体の重要性はいよいよ高まっていく。足元でも、世界で需要が急拡大しており、各国が確保に四苦八苦している。

   他方、米中対立の激化で先端技術の覇権争いが激しさを増し、半導体を筆頭に、技術自体はもちろん、これにかかわる原材料の管理強化が進められ、調達先を中国から別の国に振り替えるなど、サプライチェーン(供給網)の見直しも迫られている。

   「経済安全保障」の重要性が増しているなか、日本政府としてTSMCの進出は「国策としての誘致」だ。

   まず、工場の計画をみてみよう。TSMCが2021年10月14日発表したところでは、日本で22年に新工場の建設に着工し、24年に稼働を始める方針。投資額、具体的な建設地などの詳細は明らかにしなかったが、熊本県菊陽町のソニーグループ子会社の工場隣接地に、ソニーグループと共同建設する方向で調整をしている模様で、自動車部品国内最大手でトヨタ自動車系列のデンソーも参加を検討しているという。

   生産するのは、回路線幅が22ナノメートル(ナノは10億分の1)と28ナノメートルの「ミドルレンジ」と呼ばれる半導体とされる。回路の線幅は小さいほど半導体の性能が高くなり、現在の最先端は5ナノメートルレベルの半導体で、これを量産できるのはTSMCと韓国のサムスン電子だけ。「ミドルレンジ」は最先端でないが、自動車や産業機械、家電製品向けなど用途は広い。

TSMC、日本進出の狙い

   進出するTSMCの狙いはどこにあるのか――。その半導体生産の9割以上が台湾に集中。膨大な人材と、成熟した供給網により効率的に運営してきたが、ここにきて米中対立に加え、中台間の緊張も高まり、特に米国は半導体をはじめ、ハイテクの供給網が台湾に依存するリスクに敏感になっている。

   そんな米国の意向も受け、6月に、台湾以外で最も先進的な工場を米アリゾナ州に着工している。日本への進出も、地域分散による地政学的リスク回避するとともに、ユーザーの近くで供給体制を拡充し、販路を広げるのが目的だ。

   とはいえ、そろばん勘定はきっちりしている。TSMCの魏哲家・最高経営責任者は日本進出を発表した10月14日の会見で、「私たちは顧客と日本政府の両方からプロジェクトの支援について強いコミットメント(約束)を受け取っている」と語った。

   その夜、わざわざ会見した岸田文雄首相は「我が国の半導体産業の不可欠性と自律性が向上し、経済安全保障に大きく寄与することが期待される」と述べ、一企業の誘致を「手柄」として誇示し、支援していく姿勢を示唆した。

   日本としても、TSMCの誘致は是が非でも実現したい課題だった。政府は6月、「半導体・デジタル産業戦略」を策定し、「国家事業として取り組む」と宣言。世界各国も兆円単位の資金を投じて自国企業の育成や外資誘致に動いており、これに対抗していく姿勢を鮮明にしたもので、TSMC誘致は、その第1歩。萩生田光一経産相は15日、「他国に匹敵する措置を講じるべく、複数年にわたる支援の枠組みを構築したい」と予算を確保する考えを示した。

   具体的に今回の工場新設には1兆円規模が必要とされ、政府は国内企業への一定量の半導体供給を条件に財政支援する考えで、支出規模は半分の5000億円程度になるとの見方が一般的だ。総選挙後に編成される予定の21年度補正予算に一部を盛り込む考えだ。

失政のツケ? 後退する日本の半導体産業

   日本の半導体産業は1980年代こそ世界シェア首位を占め、米国との激しい貿易摩擦に発展したこともあったが、今やシェアは10%程度まで低下。経済産業省主導で国内3社を統合し、公的資金も投じた「エルピーダメモリ」(現マイクロンメモリジャパン)が2012年に経営破綻。東日本大震災で主力工場が被災した「ルネサスエレクトロニクス」はなんとか支えたが、経営危機に陥った東芝が半導体事業を切り離し、独立した「キオクシア」は米韓などの外資の出資を受け、どのような経営形態になっていくのか、あいまいな部分が多いなど、これまで日本政府は半導体産業の育成に失敗してきた。

   実際の生産を見ると、巨額の投資に耐えきれなくなった半導体メーカーは設計・開発と生産を切り離し、生産はTSMCのような受託製造会社に委託するようになっている。最先端の5ナノメートル半導体はもちろん、今回TSMCが生産する予定の20ナノメートル台の半導体を自前で量産できないのが日本の現状だ。今のうちに生産機能を国内に復活させなければ、いずれ自動車や家電、工作機械など国の重要産業の国内生産に影響を及ぼしかねず、外資であっても、国内での生産拠点を確保する重要性は極めて高い――そう判断した故の補助金だ。

   ただ、もろ手を挙げて喜んでばかりもいられない。まず、巨額の補助金を外国企業へ投じるのは異例で、他の半導体メーカーから「TSMC優遇」との反発が予想される。世界貿易機関(WTO)のルールとの整合性も問われかねず、補助金をもらって建てた工場で生産した製品を日本国内で安く供給したとして、例えば韓国のサムスンなどが「補助金のせいで顧客を奪われ、損害を受けた」と主張し、WTOでの係争に発展するかもしれない。

   逆に、TSMCが進出しても日本で売れなければ意味がない。共同事業の候補であるソニーグループはスマホに使うイメージセンサーをTSMCに生産委託している。デンソーの名が挙がるのも、自動車向けというユーザーとの関係をにらんでいるとみられる。巨額の補助金を投じて誘致する以上、途中で撤退するような事態を招かないよう、事業への出資など、顧客となる関連業界のコミットをいかに組織するか、これも政府(経産省)の仕事だろう。(ジャーナリスト 済田経夫)

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