原油価格、円安による輸入物価、金利...... 上昇リスクで国民生活に大きな危機!(鷲尾香一)

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   貿易収支が赤字に転落した。これに伴い、経常収支の黒字幅が一段と縮小している。

   今後、国民生活は大きな影響を受ける可能性が高まっている。

  • 経常赤字によって国民生活が脅かされる(画像は、乱高下するガソリン価格のイメージ)
    経常赤字によって国民生活が脅かされる(画像は、乱高下するガソリン価格のイメージ)
  • 経常赤字によって国民生活が脅かされる(画像は、乱高下するガソリン価格のイメージ)

当面広がる貿易収支の赤字幅

   8月の経常収支(原数値)は1兆6656億円の黒字だった。季節調整値では、1兆426億円の黒字で、7月の1兆4134億円から3708億円黒字幅が縮小した。

   経常収支の黒字幅縮小の要因は、貿易収支が赤字に転落したことが大きい。経常収支の中の貿易・サービス収支は、サービス収支の赤字幅が縮小したが、貿易収支が3691億円の赤字に転落した。7月も1315億円の赤字だったから赤字幅は拡大したことになる。

   貿易収支の赤字転落の要因は、輸入が原油価格上昇や先月からの反動増により前月比5.3%増と急伸した半面、輸出は自動車減産の影響を受け、前月比0.9%減少したことによる。

   経常収支は、主に貿易収支、サービス収支、所得収支、経常移転収支の4項目からなる。「貿易収支」は輸出額と輸入額の差額、「サービス収支」は輸送、旅行、通信、建設や金融、保険、情報サービスなど国境を越えた取引の収支、「所得収支」は日本企業が海外で得た収益から外国企業が日本で得た収益を引いたもの、「経常移転収支」は発展途上国への援助や、出稼ぎ外国人の母国送金、日本人留学生への仕送りなどで構成される。

   経常移転収支は、経常収支に与える影響は大きくない。所得収支は堅調に黒字が継続しているものの、サービス収支は新型コロナウイルスの感染拡大の影響から、国境を越えた移動が制限されたことで、赤字が続いており、今後も赤字圏で推移すると見られる。

   問題は貿易収支だ。新型コロナウイルスの影響により、半導体不足や部品調達が困難になっていることで、たとえば自動車は大幅な減産に追い込まれている。こうした状況が続き、改善していない。加えて、輸出をけん引してきた中国経済が減速していることもあり、輸出の鈍化は当面続くと見られる。

   半面、輸入は原油価格の高騰など、エネルギー価格の上昇により、増加基調をたどるだろう。結果、貿易収支は当面、赤字幅が拡大。経常収支は貿易収支の赤字幅拡大を主因に黒字幅の縮小が続く可能性が高い。

   なかでも、現在の日本の貿易構造は資源・エネルギー、あるいは食料を輸入に頼っていることで輸入数量が減少しにくい半面、製造業の生産拠点の海外移転が進んだことで、輸出数量が増加しにくくなっている。

   一方で、巨額の海外投資を背景に所得収支の黒字が増加し、これが貿易収支の悪化を吸収。経常収支の黒字を維持する要因になっている。

   しかし、貿易収支が赤字に転落し、赤字幅の拡大が続けば、いずれ経常収支も赤字に転落する可能性は大きい。そして、経常収支の黒字幅縮小、赤字転落は国民生活に大きな影響を与える可能性がある。

貿易赤字は円安要因、国内物価の上昇につながる

   貿易赤字の影響について述べる。貿易を行えば、決済が発生する。そのほとんどは米ドルによって行われるため、輸出ではドルでの受け取り、輸入ではドルでの支払いが発生する。

   貿易黒字は輸出が輸入を上回っている状態なので、ドルでの受け取りが多くなり、これを円に換えるためのドル売り・円買いが行われ、円高要因になる。そして、GDP(国内総生産)の押上げ効果となる。

   一方、貿易赤字は輸入が多くなるので、ドルでの支払いのため、ドル買い・円売りが行われ、円安要因となり、GDPの押し下げ要因となる。

   このところのドル高・円安の動きの背景には、米国の金融政策の正常化への動きによる長期金利の上昇で、日米の金利差によるドル買い・円売りの動きに加えて、日本の貿易赤字への転落がある。

   円安はこれまで、たとえば1ドル=100円で買えていた外国製品を1ドル=110円で買うことになるため、輸入物価の上昇につながり、国内物価の上昇につながる。前述のように、日本の貿易構造は輸入数量が減少しにくく、輸出数量が増加しにくい状態となっていることや、日米の金利差が縮小するメドがないため、当分は円安圧力がかかりやすい状況が続くだろう。

経常赤字は国内での国債の安定消化に支障をきたす

   貿易赤字による経常黒字の縮小、あるいは経常赤字となった場合の影響はどうか――。 まずは、経常利益の構造を簡単に説明すると、国民所得から消費分と投資分を引いたものを、海外の所得の受け取り分から海外への所得の支払い分を引いたものと比較し、国民所得の残りが海外所得の差引分を上回っている状態が国内の資金余剰分=経常利益(経常黒字)に、下回っている状態が経常損失(経常赤字)となる。

   つまり、

国民所得-消費-投資>海外からの所得受け取り-海外への所得支払い=経常黒字
国民所得-消費-投資<投資海外からの所得受け取り-海外への所得支払い=経常赤字

となり、経常収支の黒字は国内資金余剰がある状態を示している。

   ということは、経常赤字は国内に資金の余裕がない状態、国内の資金や資産が海外に流出している状態を指す。これは、日本の金利上昇につながる可能性がある。

   経常黒字の状態は国内に資金の余裕があるため、国内で新規の国債発行を安定的に消化できる。しかし、経常赤字になり、国内に資金の余裕がなくなれば、外国人投資家による国債購入が必要となり、国内で安定的な国債消化ができないという財政リスクプレミアムの高まりにより、金利が上昇する。

   もちろん、日銀が大規模な金融緩和のために巨額の国債購入を行っている現時点では、安定的な国債消化を日銀が担っており、金利上昇の可能性は限りなく低いだろう。

   現在の円安進行の背景には、日本の貿易赤字とともに日米の金利差があると前述した。だから、経常赤字により日本の長期金利が上昇すれば、日米の金利差は縮小し、円安進行が是正されると考えるのは間違いだ。

   米国の長期金利上昇は、景気回復を伴う金融緩和策の修正、金融政策の正常化を背景にしたものであるのに対して、日本の経常赤字、財政リスクプレミアムの高まりによる長期金利の上昇という事態は、「良い金利上昇」とは言えない。

   確かに、米国やカナダなども経常赤字だ。だが、日本との大きな違いは、日本が先進国中で最悪の財政赤字に陥っている点だ。財政赤字に加え、経常赤字という「双子の赤字」に陥れば、間違いなく、財政リスクが懸念され、リスクプレミアムによる金利上昇を引き起こす可能性は高い。

   原油価格など資源・エネルギー価格の上昇に加え、円安進行による輸入物価の上昇、さらには金利上昇のリスク。コロナ禍にあって、雇用・所得が非常に不安定な状況のなか、国民生活に大きな危機にさらされている。(鷲尾香一)

鷲尾香一(わしお・きょういち)
鷲尾香一(わしお・こういち)
経済ジャーナリスト
元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで、さまざまな分野で取材。執筆活動を行っている。
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