一般的には知名度があまり高くない東証1部上場の機械メーカーと、このメーカーの株式を買い集める投資ファンドの対決に株式市場の関心が高まっている。
すでに、ファンドは約4割の株式を握って支配権を奪おうとしているが、メーカーは買収防衛策を打ち出して抵抗を図っている。買収防衛策の発動の可否を決める臨時株主総会が開かれる2021年10月下旬に向けて、緊張感が高まっている。
新聞を印刷する輪転機メーカー
このメーカーは、新聞を印刷する輪転機を製造する東京機械製作所。1888(明治21)年に政府から払い下げられた農機具工場がルーツで、現在は新聞輪転機で国内最大手の企業だ。2021年3月期の連結業績は売上高が108億円、最終利益が3億円だった。連結の従業員数は約400人で東証1部企業としては小規模の部類と言えよう。
対するファンド側は、東証2部上場で香港系投資会社のアジア開発キャピタル。完全子会社のアジアインベストメントファンドによる東京機械製作所の株式の買い集めが2021年7月、金融庁への報告で明らかになった。当初は「純投資」だった取得目的は、後に「支配権の取得」に変わり、対決姿勢をあらわにした。
そこで東京機械の経営側は買収防衛策に乗り出した。2021年8月6日の取締役会で、アジア社側を除いた既存株主に対して無償で新株予約権を与えた。この手法は一般的に「ポイズンピル」(毒薬)と呼ばれ、最近では新生銀行が、SBIホールディングス(HD)による株式公開買い付け(TOB)開始に対抗し、同様のポイズンピル導入を取締役会で決議し、株主総会に諮ることになっている。
東京機械のポイズンピルが発動されれば、アジア社側の株式の保有比率は下がり、影響力も下がる。しかも東京機械の経営側は、発動を諮る10月下旬の臨時株主総会において、アジア社側の議決権行使を認めない意向を示した。反発したアジア社側は買収防衛策の差し止めなどを求めて東京地裁に仮処分を申請した。
東京機械製作所の魅力は「厚い蓄え」にある
業績では目立たない東京機械製作所に、アジア開発キャピタルが目を付けたのは、その蓄えの厚さゆえだ。仮に事業活動を終了して借金をすべて返済しても、残る金額を示す純資産は87億円あり、総資産の50%超に達する。経営の健全性を示す自己資本比率は47%(いずれも2021年3月末)で、これも高い水準を示している。
蓄えを厚くしている背景には、主な顧客である新聞社の経営が厳しく、先細りが明らかだからだ。東京機械の有価証券報告書の「事業等のリスク」の項目には「新聞業界は、インターネットの普及に伴い、新聞購読者数の減少及び広告収入が減少しており、新聞社の設備投資に対する慎重な姿勢が続いていることから、新聞用オフセット輪転機の市場は縮小傾向」と明記している。新聞社にとって輪転機の更新は巨額投資であり、現下の経営環境では慎重にならざるをえない。
このままでは先行きは厳しいと判断して厚くしてきた蓄えは、アジア社側にとっては投資や株主還元に活用しないムダな蓄えに映った。アジア社側は「(東京機械の)株式価値が、市場から著しく低廉に評価されている」と指摘したうえで、現経営陣に経営を委ねながら企業価値、株式価値を向上させる」と表明している。
ちなみに、2021年の年初には200円台だった東京機械の株価は、春先からじわじわ上昇。アジア社の大量保有が持ち上がると急騰し、9月10日に一時、3720円を付けた後に反落して、直近で1500円程度になっている。
香港系のアジア社側による東京機械株の買い増しを巡っては、日本政府が状況把握に向けて情報収集を始めたとも報じられた。経済安全保障の観点から注視しているとされ、単なる企業買収にとどまらない可能性もある。
(ジャーナリスト 済田経夫)