外食業界ほど、コロナ禍で深刻な打撃を受けた業界はないだろう。リクルートのホットペッパーグルメ外食総研の2020年度外食&中食動向調査(2020年4月~2021年3月東名阪夕食)によると、2020年度の外食市場の規模は前年度比マイナス44.8% と大きく落ち込んだ。
それに伴い、雇用環境も激変。コロナ禍前、パート・アルバイトの人手不足に悩まされていた外食・飲食店だったが、業績の悪化などで仕事が減り、解雇せざるを得なくなった店舗は少なくない。
図らずも人手不足が解消しつつある飲食店だが、これからのウィズコロナ、アフターコロナ時代に向けて動き出そうとするときに、人手は戻ってきてくれるのだろうか――。再び繁盛する飲食店にするため、消費者の実態を調査で明らかにするホットペッパーグルメ外食総研のエヴァンジェリストの竹田クニさんと、雇用に関する調査機関のジョブズリサーチセンター、宇佐川邦子センター長に、飲食店は中長期を見据えて今、何をすればよいのか、聞いた。
コロナ禍後、再び人手不足に陥る
2020年4月以降、新型コロナウイルスの感染拡大で、飲食・サービス業を中心に求人数は大きく落ち込んだ。その後、緩やかな回復基調にあるものの、足元でもコロナ禍前の水準には戻り切っていない状態にある。
度重なる緊急事態宣言の発出に伴う休業や営業時間の短縮要請で、先行きの不透明感が強く、人手不足を感じながらも採用の見合わせや先送りをした外食業、飲食店が見られることに加え、有効求人倍率も地域によっては依然として高い状態にあるなど、すでに人手不足感が強まってきているという。
―― 人手不足は、外食産業にとってコロナ禍前からの課題です。現在はどのような状況でしょうか。
竹田クニさん「市場規模はざっくり言って半分に落ち込んでいます。特に居酒屋やパブなどの飲酒業態は地域差もありますが、半減あるいはそれ以上といわれています。休業や営業時間の制限などにより、思うように店が開けられないことで人手不足感は薄れ、むしろいかに雇用を守るか、雇用の維持がコロナ禍では課題になっています。従業員やパート・アルバイトが働きたくてもシフトに入れないことが起きています。
会社によっては、正規・非正規雇用をなんとか守ろうと動いています。人手不足への対応が下がっている一方で、相当数の従業員、特にパート・アルバイトの労働力が、シフトに入れないことを理由に飲食業からの離脱が加速しています。主婦や多国籍人材、高齢者の手を借りないと成長は見込めないと言われている外食産業において、離脱した労働力が戻るかは疑問です。コロナ終息後の景気回復の時期に、さらに深刻化した人手不足に直面すると予測されます」
宇佐川邦子さん「飲食店の大半は、パート・アルバイトで、主婦や学生が身近な仕事として飲食業に従事していました。飲食業の従事者はホスピタリティが高いのが特徴です。それが、コロナ禍の営業自粛と感染リスクによって、働き手にとっても労働時間の確保や感染への不安を招き、今までにない形で離職が進んでいます。離職した働き手の多くは、コンビニエンスストアに流れています。コンビニエンスストアが家事や学業を両立するためのシフトの柔軟性や職場の近さの条件を満たしていたのです」
―― それは正社員でも同じ状況なのでしょうか。
宇佐川さん「コロナ禍で先行きが見えなくなり、将来への不安が高まりましたが、それは正社員のほうが深刻です。ある意味、経営の脆弱さが出てしまったと言えます。業態転換をうまくできた会社もあれば、乗り遅れた会社もある。コロナ禍からの回復後や、再び危機が訪れたときに会社はどのように対応するのか。このようなとき、先を見通せる社員ほど、会社から離脱しやすくなります。すでに飲食業の人材が、飲食業のようなホスピタリティを必要とする介護やドラッグスストアなどに流れています。 今後、ワクチン接種が進んで、外食需要が回復してくれば、飲食業での採用ニーズもある程度は回復するものとみていますが、コロナ禍以降、求職者は仕事選びに、職場の感染対策やオンラインツールの導入を重視するなど、仕事選びの志向や基準は変化しています。本来ならば人材を増やさなければいけない時期に、飲食店などの接客業では従来のように求人を出しても、多くの応募が集まらなくなる懸念があります。需要の増加局面で十分な人材を採用できないと、収益の機会損失につながる可能性があります」
―― コロナ禍で経営者の意識はどのように変わったのでしょうか.
宇佐川さん「じつは、コロナ禍のような危機の時期には、経営者の意識の違いが、行動に表われてきます。意識の高い経営者は、こういう時期をチャンスに捉えて、人材採用に動いたり、時間があるのを利用して従業員の教育に力を入れたりしています。さらには、コロナ禍後を見据えて、配膳や清掃などのロボットの導入を従業員と検討したりしている飲食店もあります」
DX化で従業員と顧客の満足度をアップする
ホットペッパーグルメ外食総研が今年6月に全国の飲食店経営者と役員を対象に実施したDX(デジタルトランスフォーメーション)に関するアンケートで、「コロナ禍前後における、抱えている経営課題」についてヒアリングしたところ、コロナ禍前後で数値に大きな変化があったのは、「人材不足への対応」(10.7ポイント減少)、「顧客満足度」(6.8ポイント減少)、「労働時間の短縮」(6.2ポイント増加)、「従業員のモチベーションアップ」 (5.5ポイント増加)」となった。
一時的な人手不足の緩和で、従業員の採用や働き方が経営課題の優先度から下がっているものの、社会的には働き方の課題への優先度は上がっている。同社は、「コロナ禍後、人手不足が再燃してきた場合に備え、従業員体験価値(EX)を打ち出していく必要がある」と指摘している。
―― これからの飲食店経営のスタイルを、どのようにみていますか。
竹田さん「人口は減少局面、経済もマイナス成長。従来の人手に頼る方法では成長できなくなりました。いろんなことが真逆の局面になったのです。DXによって、『お客様にとっての付加価値』のCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験価値)と『従業員にとっての体験価値』EX(エンプロイーエクスペリエンス=従業員体験価値)をどのように上げていくのか。それらを研ぎ澄ましていくことに外食産業復興のカギがあると思いますし、産業としての大改革を進めていかなければならない。それがコロナ禍後、産業が大きく成長するチャンスになると思います」
―― 変革への意思決定で、どんな課題が出てくるのでしょうか。
竹田さん「DXなどのテクノロジーの導入や業態転換などの意思決定は、極めて難しい課題だと思います。省力的な経営都合の合理性だけでなく従業員の納得感の両方を含めていかなければなりません。従業員にもっと魅力的な仕事をして、働く満足感を得てほしいことを、きちんとメッセージをしていなかいと失敗してしまいます」
宇佐川さん「経営者から従業員へのメッセージ不足による失敗は、飲食業に限らず日本の産業全体として、一見散見されますが、たとえば飲食業へのロボットの導入で、成功事例があります。それは、従業員が誤解する失敗を防ぐためでした。パート・アルバイトへは残業や過重労働を減らすため。社員には本来すべき仕事に向き合えるようにするため。お客様へは感染症への不安を消すため。そのためにみんなにとって良いものを選ぼうと経営者はきちんとメッセージを伝えていました」
「経営参謀」の担い手が必要だ!
―― 経営者、従業員の意識改革に必要なことは何でしょう。
竹田さん「外食産業は1970年代のケンタッキーフライドチキンやマクドナルドなどの日本上陸に始まって、多くの大手企業が生まれました。エクセレントなオペレーションをするのが20世紀の成功パターンでした。その成功体験を今でも引きずっている経営者は多く、そのような経営者の場合、社内に経営改革を推進してくれるイノベーション型、経営参謀型の人材がいないことが少なくありません。そういった人材の確保が飲食業に求められます」
宇佐川さん「コロナ禍のような混乱の時期は、飲食業に限らず人が動いています。たとえば観光業では、高いスキルやポテンシャルを持っている人材が行き場を失っていることがあります。そのような人材を確保することも一つの方法です。経営の機能を理解して、進化させていくのが大切です。それを進める『人』が必要です。
20世紀型の経営では、一人がオールマイティに対応できていたのですが、21世紀では従来とは異なる競争相手が登場するなど、社会環境の中でいろんな知恵を借りてくるような手法が必要になっています。マーケティングや、次の経営を考えることや違ったタイプの従業員をマネジメントできるといった、会社として必要なことができる経営者の参謀がいれば変革も推進できます。会社に必要な人材を採用したり、育てたりする、まさに今がそのタイミングだと思います」
―― リクルートでは、飲食店の経営サポートをどのように提供しているのですか。
竹田さん「何をすることがお店の魅力アップにつながるのか? それによってお客様が集まるお店になるのか? 従業員にとって働き甲斐のある職場づくりができるのか? といった課題を、全国の営業担当者がお客様と話しています。それによって知見を高めていき、お客様にフィードバックしていくところが特徴です。それが飲食業界に『伴走していく』ということだと思っています。実際の課題には、お店の営業担当者や、場合によってはチームで対応しています。リクルートでは、人材領域と飲食業界の両面からアプローチできるので、これまでのさまざまな課題に対応してきたナレッジをお伝えすることができます」
昨今、DX化によるデジタルツールの導入機運が高まってきたが、それは飲食店も例外ではない。ただ、導入によって生じる現場のオペレーション変更は、導入初期に現場の負担感や顧客の反応への不安を伴うことも事実で、人手不足への対応やコスト削減といった「経営都合」の目的だけでは、従業員への説明力が不足し、改革へのモチベーションが高まらない懸念がある。
作業や経費から何かを「引く」という発想ではなく、お客や従業員にとっての価値を「足す」「増す」ためにデジタルツールを活用する考え方が、DXへの従業員の納得感、導入や運用のスピード感、さらに売り上げ、利益の向上という成果につなげるために重要といえそうだ。
(聞き手:牛田肇)