労働組合の総本山「連合」(日本労働組合総連合、組合員約700万人)に初の女性会長が誕生しそうだ。
ミシン機メーカー「JUKI」の労組出身の芳野友子さん(55)がその人。巨大企業や官公庁系の労組が牛耳ってきたといわれる連合に、なぜ中堅どころの労組委員長で、それも女性が浮上することになったのだろう。
芳野友子さんは「オワコン」と呼ばれて久しい「巨大労働組合」を変えることができるだろうか。
吉田松陰の言葉を大事にする産業別労組のトップ
連合に初の女性会長誕生か!というニュースが飛び交ったのは、2021年9月25日。朝日新聞が「連合の次期会長候補にJAM芳野氏浮上 初の女性会長の可能性」で、こう伝える。
「労働組合を束ねる中央組織、連合(日本労働組合総連合会)の次期会長に芳野友子副会長(55)が昇格する案が浮上した。週明けにも会長候補を決める連合内部の委員会に諮られる。芳野氏に決まれば連合初の女性会長となる。
芳野氏は、ミシンメーカーであるJUKI(ジューキ)の労組などを経て、金属・機械系中小企業の労組などでつくる産業別組織JAMの副会長も務める。JAM出身の連合会長も過去に例がない。
内部委員会が9月27日にも人事案を固め、28日の中央執行委員会で了承を得て、10月に開かれる定期大会で決定する運び。9月30日までの告示期間にほかの候補者が立候補すれば、選挙戦になる可能性も残る」
仮に芳野友子さんが会長に選ばれれば、異例中の異例だ。連合の副会長は主要な産業別労組代表が13人いるが、芳野さんの肩書は「女性代表」で、最初から「女性特別枠」であることがはっきりしている。
しかも、連合の歴代会長は、現在の神津里季生(こうづ・りきお)氏が新日本製鉄(現・日本製鉄)出身であることをはじめ、八幡製鉄(現・日本製鉄)や東京電力、旭化成、松下電器(現・パナソニック)など、知らない人がいない巨大企業の労組出身者が務めてきた。
芳野さんの出身であるミシンメーカーのJUKI(東京都多摩市)は、会社のホームページによると、従業員は単体で909人、連結でも5287人だ。
また、芳野さんが所属する産業別組織JAMは、別名「ものづくり産業労働組合」とも呼ばれ、機械・金属製造業の中小企業で働く人々と、親方や職人、フリーランスなど1人でも加入できる「個人労組」が中心だ。JAMのホームページをみると、こう紹介されている。
「JAM加盟単組の特徴は、日本のモノづくりを支えているサプライヤー(部品供給者)を数多く組織し、100人以下の組合が6割、4分の1が30人以下の組合で占められていること。ともすれば、超大手企業労組と官公労組の運動といわれている連合の運動中で、JAMは、機械・金属産業の代表として、そして中小企業に働く仲間の視点に立った主張・行動を展開しています」
そして、企業側との交渉スタイルとして、こんな姿勢も書かれている。
「明治維新の精神的指導者・吉田松陰は、次のような教えを残している。 『至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり』。こちらがこの上もない誠の心を尽くしても、感動しなかった人に未だ会ったためしがない。誠を尽くせば、動かすことができないものはないということだ。われわれは知恵を出し合い工夫を凝らし、誠心誠意で総行動を展開し、結束することで最大の力を発揮し、必ずや目的を達成する。われわれにはその力があるはずだ」
というのである。
連合内部の政治をめぐる抗争が飛び火して...
芳野さんは、こんな少々変わった産業別労組の代表の一人なのだ。それにしてもなぜ、芳野さんにお鉢が回ってきたのか。主要メディアの報道をまとめると、こうだ。
今期で退任する神津会長の後任を巡っては、大混迷を続けた。まず、相原康伸事務局長(トヨタ自動車出身、自動車総連)に白羽の矢が立ったが、トヨタ労組の反対にあって断念。松浦昭彦副会長(帝人出身、UAゼンセン)もUAゼンセンが反対。最後に有力視されたのが難波淳介副会長(日本通運出身、運輸労連)だが、これも日本通運労組が難色を示して、頓挫した。
後任人事が難航した主な理由は「政治と選挙」だった。神津会長と相原事務局長らの現執行部は「野党共闘」志向といわれ、立憲民主党支持への集約を図ろうとした。
しかし、松浦副会長らの出身組織は「中道改革路線の勢力結集」を志向といわれ、国民民主党の支援を主張。特に、年末の衆議院解散、総選挙をにらみ、路線対立の権力抗争が激化して次期会長人事の混乱に繋がった。
誰が会長になっても、苦労するのは目に見えているため、それぞれの出身労組が止めに入ったというわけだ。そんな「渦中の栗」を拾わされる芳野さんとは、どんな人物なのだろうか。「救いの女神」になれるのか。
そうでなくて、連合は組合員数が2005年の約1000万人をピークに減り続けており、現在約700万人。厚生労働省の労働組合基礎調査(2020年)によれば、労働組合の組織率は17%と、長期停滞構造を示している。
「出る杭」が打たれてもへこたれなかった女性たち
しかし、芳野さんは「労働運動」に微塵も疑いを持たない、前向きの人のようだ。
連合東京が設立30周年記念(2019年12月)に行った芳野友子さんへのインタビュー「女性組合員の利益代表であることを忘れずに 日本労働組合総連合会 副会長芳野友子さん」をみると、こんなやりとりが書かれている。
「――連合東京の女性委員会に入ってみて、どのような印象を受けましたか。
芳野さん:とにかくパワフルな女性役員ばかりで驚きました。手帳を開けば会議や学習会でびっしり埋まっているのに、私の手帳はSALE(安売り情報)か飲み会(汗)。恥ずかしくて女性役員の前で手帳は開けませんでした。当時、私の会社では結婚・出産退職が当たり前だったのですが、女性委員会には子育ても仕事も組合活動もして...という活発な女性がたくさんいて衝撃を受けました。先輩たちは皆、職場環境や就業実態をきちんと把握し、どうすれば女性の権利が守られ安心して働き続けられるのかと真剣に議論をしていました。私は知識不足で何が問題なのかも理解できず、議論に参加できないことを恥ずかしく感じ、必死に勉強しました。
――連合東京女性委員会の活動のなかで、一番の思い出は?
芳野さん:一番はセクハラ問題に取り組んだことですね。1997年成立の男女雇用機会均等法改正時、セクハラ防止措置が事業主に義務付けられることになりました。連合東京女性委員会は法改正に先駆けてプロジェクトを立ち上げ、休日に集まって勉強会をしたり、職場におけるセクハラの実態を知るため、アンケート調査を実施したりしました。この調査結果はさまざまな労働関係の冊子に掲載され、テレビでも取り上げられました。私たちが行った調査が大変な注目を集め、社会を動かすひとつの原動力になった経験は強く印象に残っています。ほんとうに皆、よく勉強しました。
――連合東京の発足から30年、働く女性の環境は大きく変わり、労働組合への女性の参画も増えてきました。芳野さんはどう受け止めていますか?
芳野さん:私が連合東京に関わっていた頃の女性役員は、男性のポジションを『奪う』ために、一人ひとりが力をつけようと一生懸命に勉強し、リーダーとしての自覚を持ち、常に努力していました。『出る杭は打たれる』というけれど、打たれてもへこたれなかったし、上手にかわす人もいましたし、皆で励まし合いました。今は多くの組織が『女性特別枠』を設け、そこに女性を登用するようになっています。その席に座った女性たちが、労働運動の担い手として役員としての質を高めていかなければ、組合員からの信頼は得られません。
――これからやりたいことを教えてください。
芳野さん:人材育成です。女性組合員から信頼される役員を育てたい、きちんと権利を主張できる後輩を育てたいと思っています。自分がかつて先輩たちと一緒に議論したくて頑張ってきたように、今度は自分がリーダーとして後輩たちに『一緒に活動してみたい』『話を聞いてもらいたい』と思ってもらえたらうれしいですね」
こういう芳野さんが仮に連合の会長になったら、連合は変わることができるのか。ネット上では、一抹の期待と冷ややかな見方が交錯している。ヤフコメにはこんな声が多かった
「自民党総裁選でも女性が2人立候補している今。女性、男性にとらわれすぎず、マネジメント能力のある人がトップに立てばいい」
「時代環境から連合の存立意義自体が問われかねない難しい時期での登場。勤労者のために、男性だろうが女性だろうが頑張っていただきたい」
「『女性初』という触れ込みが使われなくなるくらい、女性が何にでも進出して、どんな役職に就こうとも珍しくない社会になるといいですね」
「経済界も労働界も、会長は年配の男性でアリバイ的に副会長のうち1人に女性を置いている印象を持っていました。連合の会長が女性というのは新鮮。日本経済団体連合会は連合に先を越された」
一方、こんな同情の声もあった。
「自民党の総裁選と違って、連合会長は皆で譲り合った結果、この人に押し付けられた感じだから大変だと思うけどな」
「オワコン」といわれる労働組合運動や連合に対する批判の声もあった。
「大手企業に勤めており、労働組合に強制的に加入させられている。組合費として月に1万円控除されている。会社と闘わない組合は要らない。単に会社と闘うだけでなく、生産性向上や利益率向上のための阻害要因を組合から会社に提案して改善すべきなのに、それをやらない。そして無駄な政治活動やボランティア活動などにお金をつぎ込む。こんな組合は要らない。近年の労働組合の弱体化はそれが原因だと思う」
芳野さんの手腕に注目したい。
(福田和郎)