書店調査会社のアルメディアによると、2000年には約2万1000店あった書店の数は減少を続け、20年後の2020年には売場面積を持つ店舗に限ると9762店となり、1万店を割り込んだ。その一方で存続をかけて、ユニークな取り組みを進めている書店も少なくない。この「書店探訪」シリーズでは、地域でがんばる、そんな書店を紹介していく。
東京・神田神保町は世界一の本の街といわれる。その中心が約180か店もの古書店。その中で唯一の「子どもの本専門店&カフェ」として異彩を放っているのが、ブックハウスカフェだ。地下鉄神保町駅から徒歩1分。靖国通りに面した1階に何やら楽しげなたたずまいの店舗がある。
一見の客には入りづらい古書店が並ぶ中で、「どうぞ入ってらっしゃい」と手招きしているかのようなフレンドリーな意匠の店構えだ。
「絵本のワンダーランド」を支える4つの柱
オススメの絵本が並ぶ本棚を過ぎると、店の中央は広いカフェスペースになっている。その周りを囲む本棚は低く、店内が一望できるようになっている。代表の今本義子さんに、開店のいきさつや店の経営について聞いた。
――古書店がほとんどという神田神保町で、子どもの本の専門店を開いた経緯を教えてください。
今本義子さん「ここは、もともと北沢書店の新刊洋書部でした。ネットで簡単に洋書が買える時代になり、2007年に北沢書店は、2階の古書部だけを残し、新刊の取り扱いをやめたのですが、その時に1階が『ブックハウス神保町』という子どもの本の専門店に生まれ変わりました。大手出版社の系列会社が経営されていて、とても素敵なお店で、私も子育て中だったのでよく利用していたのですが、2017年に惜しまれつつも閉店が決まりました。でも、とても愛されていた絵本専門店がなくなるのは、あまりにももったいないと思い、思い切って引き継ぐことにしました。お店がこの街に、いい風を吹かせていると思ったんです」
――書店は全国的に減る一方です。経営は大変なのでは?
今本さん「新刊書店の利幅は、約2割です。1000円の絵本を売って、200円ほど。今はほとんどのお客様がカード決済なので、3.25%の手数料が取られて、利幅はさらに小さくなります。絵本を売る利益だけでは、とても家賃や人件費をまかなうことはできません。そこで、4つの柱を立てることにしました。本、カフェ、イベント、スペース貸しです。本だけでは、なかなかアマゾンのサービスには敵いません。せっかくなら、インターネット書店にできないことをやろうと、まず決心しました」
――ブックカフェは本当に増えましたね。
今本さん「神保町にもブックカフェがたくさんできました。本とカフェの愛称はいいと思います。でも、うちの店は、商品の本を読みながらの飲食はご遠慮いただいています」
お店が神保町のサロンに!
お店を訪ねたのは、ランチタイムを過ぎた午後2時だったが、カフェはランチやコーヒーを飲食する若い人でにぎわっていた。また、奥の貸しスペースには楽器を演奏する年配の女性客の姿が見え、さらにその奥のギャラリーでは絵本の原画展が開かれていた。
絶えず、人が出入りし、この店が神保町の一つのサロンのような機能を果たしているように思えた。
――お店は5年目に入り、軌道に乗っているようですね。
今本さん「一昨年(2019年)の秋に書店の片隅に小さな絵本バーをつくりました。このバーが好調で、ようやく売り上げが軌道に乗ってきたころに、新型コロナウイルスの流行です。昨年4月は店を閉め、売り上げはゼロになりました。ステイホームのとき、ネット書店ほど便利なものはないですよね。うちの店は売り上げが立たず、本当につらい時期がありました。そのときにサポーター制度を立ち上げたところ、800人以上のお客様が助けてくださいました。とても有難いことでしたし、『これからも頑張らなくては!』と責任を感じました。今後も続けていくためには『あったらいいな』と思っていただける店から、『なければ困る』というレベルまでお店の価値を上げる必要があると思いました。絵本文化への貢献だけでなく、社会貢献、地域貢献にも視野を広げ、本当に喜んでいただけるお店を目指したいです」
――具体的には、どんなことを始めたのですか?
今本さん「子ども食堂(ピノキオ食堂)を始めたり、発達の特性によって社会の中では暮らしづらいお子さんのために『ココロノホンダナ』という取り組みもしています。また、赤ちゃんが泣いてもオーケー、親子で楽しむ本格的なクラシックコンサートなども好評です。授乳とおむつ替えスペースも喜ばれています」
――ところで、お店の本選びで心がけていることはありますか。
今本さん「子どもの絵本というと、教育的に正しいものをいうリクエストがありますが、そればかりでいいのでしょうか。ちょっと、疑問だったりするんですね。そこで、定番はもちろんですが、幅広くいろいろな絵本をご紹介しています。お母さんと子どもでも、手に取る本には違いがありますからね。バラエティーに富んだ品揃えを心がけることが専門店の仕事だと思いますので。ただ、うちは子どもの本の専門店ですが、ドリルや勉強系の本は置いていません」
あまり知られていない子どもの本を紹介したいという思いから、「なかなか手に入らない絵本」コーナーを設けるなど、「定番」以外の児童書を広めたいと工夫を重ねているそうだ。
店で結婚式が開かれた
1階と2階の洋書店をつなぐ階段は、映画に出てきそうなゴージャスな雰囲気がある。聞けば、結婚式に使われたという。
今本さん「閉店後のお店を貸し切って、プロポーズされたお客様もいらっしゃいました。また、結婚式も3回、行ったことがあります。」
絵本は子どもの本という思い込みがあるが、じつは絵本を読むサークルがあるなど、大人の読みものとしても広がりを見せている。
結婚式も絵本作家、ヨシタケシンスケさんの「あるかしら書店」(ポプラ社)を読んだ女性が、本の中にある「書店婚」を実現したい、とブックハウスカフェに相談したのがきっかけだった。
子どもの本の店なのに、大人が集まる。そんなコンセプトの店づくりは、カフェやギャラリーだけではない。絵本講座も開かれ、オンラインも併用している。高齢の参加者も少なくないそうだ。
さらに、もう一つのスペースが店の一番奥にあるバーコーナーだ。元は倉庫という小さいスペースだが、夜は絵本をつまみにお酒と、人気になった。
今本さん「バーが順調だったときには、ようやく経営が安定したのですが、長引くコロナ禍で、苦戦が続いています。でも、活気のある絵本屋をできるだけ続けたい。劇場みたいな本屋にしたいのです」
実家が持つビルという今本さんの恵まれた環境はあるにせよ、広い路面店を維持していくのは大変なことだ。インタビューをしている時に、ふと思った。ここがふつうの書店だったら、どうだっただろうかと。こんなに開放的な空間になっていただろうかと。
楽しく、祝祭的な雰囲気があふれているのは、絵本の持つ力なのでは、と思った。子どもの頃の思い出がよみがえるのだろう。絵本には大人を一瞬にして幸せな気分にする不思議な力があるようだ。古書店が立ち並ぶ神田神保町に吹く一服のさわやかな風。ブックハウスカフェはそんな店だ。(渡辺淳悦)
店舗データ
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2-5 北沢ビル1F
電話 03-6261-6177
営業時間 11時から18時まで
年中無休(年末年始を除く)
店内バー「リリパット」は平日20時~24時(緊急事態宣言中はお休み)