「リーマンショックの再来となるのか!」
総額33兆円、中国の国内総生産(GDP)の約2%に当たる巨額な負債を抱えた不動産開発会社「恒大集団」が経営危機に見舞われている。経営破たんとなれば、世界経済をけん引してきた中国経済が減速することは避けられない。
この事態に、習近平政権は「恒大集団」を救済するのか、見捨てるのか――。
タイムリミットが刻々と迫る。日本の経済シンクタンクのエコノミストたちはどう見ているのだろうか。
リーマンショックの再来となるのか?
まず、恒大集団について、ざっとおさらいをしておこう。
恒大集団(深セン市、英語名Evergrande Group)は1996年、許家印氏が設立した不動産開発会社だ。許氏は貧しい家庭の出身だが、一代で巨万の富を築いた。鉄工場の技術者だったが、住宅制度改革によって不動産需要が伸びることをにらみ、起業した。フォーブス誌によると、2019年時点で362億ドル(3兆9800億円)の資産を持ち、世界22位、中国3位の富豪とされる。
恒大集団は、地方政府から開発用地を仕入れてマンションやリゾート物件を開発して急成長を遂げ、20万人の従業員を抱える大手となった。その手法は、都市部の不動産価格の急騰を背景に、自社の株式や不動産を担保に多額の借入金と投資家からの資金を元に次々と土地を買い漁る。購入した土地の値上がりによって会社の時価総額を大きく見せて信用を勝ち取るというもの。
事業の多角化も目立った。サッカークラブの広州FCを買収。食品やミネラルウオーターの販売、病院や老人ホームなどの医療・保健関連からメディアまで、あらゆる事業を手広く手掛けてきた。電気自動車(EV)の開発にも乗り出している。
ところが今年7月、経営不安の深刻さが一気に表面化。巨額の資金を不動産開発などにつぎ込んだ結果、負債総額は1兆9665億元(約33兆4000億円)にのぼることが発覚した。これは中国の名目国内総生産(GDP)の約2%に当たる巨額なもので、中国当局も資産の不正流用の疑いがあるとして開発中の物件の販売停止を命じた。それにより、多くの投資家が会社に押しかける騒ぎになった。
恒大集団が経営破たんすれば、不動産を購入した人々だけでなく、多くの取引先企業の経営を圧迫する。合計約250の金融機関に多額の負債があるとされ、少なくとも中国国内の金融システムは大きな打撃を受ける。
さらに欧米にも同社の社債を保有する投資家が多く、欧米の株式市場への影響も懸念されている。日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も、今年3月末時点で恒大集団に96億7000万円を投資していたことが明らかになった。
これが「恒大集団の経営危機」のあらましだ。今後、世界経済にリーマンショック級の打撃を与えるのだろうか――。「中国リスクに十分警戒しなければならないが、リーマンショック級の深刻度になるかといえば、その可能性は低い」とみるエコノミストたちが多い。
第一生命経済研究所の首席エコノミスト、熊野英生氏も「恒大集団のデフォルト懸念~国際金融市場の火種~」(9月22日付)の中で、こう指摘した。
「恒大集団の経営危機をリーマンショックになぞらえる見方は多い。しかし、少し考えれば、構図は明らかに違うことがわかる。まず、金融機関の破たんではない。リーマンショックは、デリバティブなど見えにくいオフバランス取引が多かった。当時、リーマン・ブラザーズ以外の金融機関も危なかった。筆者は、今回の危機が国際金融市場全体を揺るがすとは考えない。
ただし、厄介なのは、ドル建て社債の扱いだ。すでに信用力はジャンク・ボンド(編集部注:デフォルト=債務不履行のリスクが高い分、利回りの高い債券)並みであり、保有する投資家も信用リスクを承知で保有しているはずだ。だから、ここでもドル建て社債を保有していた欧米金融機関が連鎖破たんすることは考えにくい。
悪影響は、別のルートも考えられる。信用リスクを懸念する連想が広がることだ。他の中国企業のドル建て負債の信用力についても、中国政府が最終的に守ってくれないかもしれないという疑心暗鬼から、中国企業のドル調達が苦しくなることはあり得る。中国企業のドル調達にリスクプレミアムが発生して、中国企業の活動が海外では苦しくなる。好ましくない影響は、長期間続く可能性がある」
中国経済は減速に向かう?
野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミスト、木内登英氏は「恒大問題の世界のリスクは金融危機よりも中国経済の減速」(9月22日付)の中で、リーマンショック級にはならないだろうとみる。中国政府のグリップが利いているからだ。
「恒大集団の経営危機への対応は、政府のグリップがかなり強く利くことから、中国国内の深刻な金融危機につながるリスクは低く、ましてやリーマンショックのようなグローバルな金融危機につながる可能性は低いだろう。 ただし、今回の問題が中国の不動産市況、住宅販売などに大きな打撃をもたらす可能性は高く、それは来年にかけての中国経済を減速させる可能性が十分に考えられるところだ。この経路を通じて、世界経済、世界の金融市場に相応の影響を及ぼすリスクには十分に配慮すべきだろう」
ところで、恒大集団の経営危機が表面化したタイミングが悪いと指摘するのは、りそなアセットマネジメントのチーフ・ストラテジスト、下出衛氏である。「中国恒大集団の経営問題が世界市場へ与える影響について」(9月22日付)の中で、米国のFRBの資産買い入れ策の段階的縮小 (テーパリング)の直前に表沙汰になったことが問題だと指摘する。
「(中国 恒大集団の経営危機によって)米国市場が仮にこの先不安定な動きを続けた場合は、FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策の正常化に影響が及ぶ可能性があります。9月21日、22日のFOMC(米連邦公開市場委員会)では、資産買い入れ策の段階的縮小(テーパリング)の方向性を決定するものと予想されますが、実施開始についてはマーケットがある程度安定していることが前提になると考えられます」
テーパリングとは、中央銀行が超金融緩和状態から抜け出す過程で採用する出口戦略の一つで、量的緩和策による資産買い入れ額を徐々に減らしていくこと。つまり、FRBの量的緩和策縮小に大きな影響を与えてしまうかもしれないというわけだ。そうなると、株価の大幅な下落を招くおそれがある。
テーパリングの直前というタイミングの悪さについては、冒頭の第一生命経済研究所の首席エコノミスト、熊野英生氏もこう述べている。
「混乱のタイミングは、9月のFOMCの直前だった。FRBが年内にテーパリングを実施することは既定路線だと思うが、そこに中国発のショックが加わるのは不都合だ。年内開始のテーパリングは、米国内外でのドルの流通量を減らすものだ。過去、新興国から米国にドル資金が環流して、新興国通貨安が起こった。そこでは、ドルの流動性が低下する。仮に、恒大集団のデフォルトが起こると、中国企業のドル資金の調達はテーパリングと相まって、より厳しくなる。新興国のハイイールド債の利回りがより上がりやすい環境になることが懸念される。というのだ。
もともと危機時に中央銀行が市場(に出回る資金)をジャブジャブにする理由は、金融取引で信用リスクが顕在化しにくいようにする目的があった。コロナ禍での各国中央銀行の資金供給はそれを狙っていた。テーパリングは、その逆のことを始めようとする行為である。経営悪化などによるリスクプレミアムが金融取引に現れやすい環境をつくる。
米金融政策が中国発でのショックを受けて、テーパリングを遅らせるという観測があるが、おそらくテーパリングを11月から12月に遅らせたところで、中国など新興国で信用リスクが顕在化しやすくなる状況はおおむね変わらない。いずれにしても、2022年以降の火種になるだろう」
南アやトルコ、東欧、中南米、アジア新興国に打撃
一方で、特に香港株式市場に深刻な打撃を与えるだろうと懸念するのは、岡三証券の シニアストラテジスト、紀香氏だ。「暗雲が垂れ込める中国不動産市場~想定すべき最悪の展開は?~」(9月22日付)の中で、こう分析する。
「恒大の株価とドル建て社債価格は共に直近3か月で7割超下落した。香港株式市場では『次の恒大』探しも始まっており、香港市場では不動産株が大きく売られている。投資家は疑心暗鬼に陥っている。また、不動産各社への融資が不良債権化するリスクが指摘されていることから、一部銀行株にも売りが及んでいる」
一方、こうした比較的に楽観的と思えるエコノミストたちの中で、「中国におんぶに抱っこの状態だった世界経済への影響は避けられない」と、一番深刻に受け止めているのが第一生命経済研究所の主席エコノミスト、西濵徹氏だ。「中国・恒大集団問題を機にあらためて考える新興国経済~中国経済を巡る問題は世界への波及も予想されるなか、新興国・資源国への見方に慎重さが必要~」(9月22日付)の中で、次のような趣旨のことを述べている
世界の成長の4分の1程度が中国経済に起因すると試算されるなど、中国経済におんぶに抱っこの状態にある世界経済そのものにも影響が出ることは避けられない。なかでもアジア新興国については、地域全体に張り巡らされているサプライチェーンを通じて中国経済との連動性が高まっており、中国経済の減速は輸出を通じて景気の足かせとなる。
さらに、近年の中国は高い経済成長に伴い資源消費を活発化させてきたことから、多くの資源国にとって中国が最大の輸出相手となっている。また、国際金融市場では2015年の人民元の切り下げをきっかけに動揺の動きが広がる『チャイナ・ショック』に見舞われたほか、外国人投資家が中国本土への投資を積極化させる動きをみせてきて、中国金融市場との連動性が高まっている。
コロナ禍を経た全世界的な金融緩和を理由に、足下の国際金融市場に流入しているマネーは過去に比べて大規模になるなど『カネ余り』の度合いは、かつてない状況にある。中国経済の減速懸念をきっかけに国際金融市場がリスク・オフ姿勢を強める事態となれば、その影響はマネーの流れの変化を通じて新興国に影響を与え得る。
そして、西濵氏はこう懸念を示す。
「なかでも経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱な新興国では、そうした状況に際して資金流出圧力が強まりやすい。今後も同様の事態となる可能性は想像できる。多くの新興国ではコロナ禍からの景気回復を目指して財政状況が急速に悪化している。IMF(国際通貨基金)は外貨準備高を元に国際金融市場の動揺に対する耐性を示す指標としてARA(Assessing Reserve Adequacy)を公表しているが、南アフリカやトルコ、東欧、中南米、アジア新興国の中にも適正水準に満たない国がある」
こうした経済基盤の弱い多くの国々に、恒大集団問題が深刻な打撃を与える可能性があるというのであった。
(福田和郎)