今回は、筆者が所属するLIFULL社が保有する不動産データを公開します。不動産ポータルサイト「LIFULL HOME'S」に掲載されている中古マンションの首都圏平均価格(以下「市場価格」と言います)と、実際にユーザーが検索し問い合わせした物件の平均価格(以下「反響価格」と言います)には、コロナ禍でどの程度の乖離が発生したのかを分析してみたら、ユニークな結果が得られました。
今回はその2つの価格の乖離がコロナ禍でどのように推移したかを解説します。手前味噌で恐縮ですが、市場価格と反響価格の比較検証データは、これまでにないオリジナルデータです。なお、近畿圏や中部圏のデータ分析も実施中で、順次公表する予定です。
市場流通価格とユーザーの希望価格との差は1割以上
首都圏中古マンションの市場価格と反響価格の推移と乖離率〈単位:価格/万円(左の目盛り)乖離率/%(右の目盛り)〉
コロナ禍が本格化する前の2019年10月から直近2021年6月までの中古マンション市場価格とユーザーが検索して希望に合うと実際に問い合わせした物件の反響価格を、首都圏(1都3県)平均で比較すると、市場価格は3,300万円台から3,500万円台へと5%程度上昇しています。
この間は新型コロナウイルスの感染が拡大していったことを考慮すると、少なくとも市場で流通する中古マンションの価格には、コロナ禍は特段の影響がなかったことがわかります。特に住宅流通市場で売り物件が減少したとされる2020年4月の第1回目の緊急事態宣言の発出以降も市場価格は3300万円台で推移しており、少なくとも市場価格には大きな変化は見られませんでした。
ある意味当然のことですが、コロナ禍だからといって相場価格がそれによって変化するようなことはないということがこのデータから明らかです。
反響価格の推移にはコロナ禍の影響が明確に見て取れる
一方のユーザーが問い合わせなど何らかのアクションを起こした物件の平均価格である反響価格は、2900万円台から3100万円までの価格帯で概ね推移しており、価格のボラティリティは決して大きくありません。
集計期間中の市場価格との平均乖離率は14.3%で、月ごとに比較すると11~13%程度の乖離率を示しているケースが多く、一般論としては、首都圏においては市場価格よりも1割程度低い価格が、ユーザーが求めている物件価格の平均値であるようです。
一般に中古住宅を売り出す際、売却想定価格の1割高くらいを設定するなどという話を聞いたことがある方も多いと思いますが、このデータからは図らずもそのような傾向が表れているように思えます。
ただし、市場価格には大きな変化が見られなかったのに対して、反響価格にはコロナの影響とみられる動きが散見されます。すなわち、コロナ禍前の2019年には反響価格は2900万円台で安定推移しているのですが、緊急事態宣言発出時の2020年4月には一時的に2738万円と2700万円台に下落し、乖離率も市場価格3351万円に対して18.3%と集計期間最大の乖離率を示しています。
これは一時期見られた都市圏からの避難行動がユーザーの反響に表れたものと考えることができます。実際に、この時期は首都圏郊外に位置する神奈川県箱根町、伊勢原市や千葉県木更津市、市原市などでの物件検索が急増し、さらには静岡県伊東市、熱海市、茨城県土浦市など首都圏外のエリアでも物件検索が拡散・急増しました。
参考リンク:LIFULL HOME'S PRESS 「コロナ禍の第一波・第二波の感染者増に伴い、物件検索が増加したエリアはどこか ~LIFULL HOME'Sデータ分析」
郊外エリアでの検索や問い合わせ数が増加すれば、必然的に反響価格も下落しますから、上記のような乖離率の拡大が発生したとみられます。2020年4月以前にも乖離率は1月の11.1%から14%台へと拡大しており、4月の18.3%がピークとなっていることもコロナの感染拡大が進むに連れての検索行動の変化に伴うものと考えるのが自然です。
1回目の緊急事態宣言は5月下旬に解除され、新規感染者数も漸減したことから上記の首都圏郊外および首都圏外エリアでの問い合わせなども相対的に減少しました。反響価格も6月に2961万円に再び上昇しており、コロナの影響が反響価格の変動に明確に表れる結果となっています。
その後、2020年10月には感染が再拡大し第2波といわれる状況になった時点で、市場価格と反響価格との乖離率は再び18.2%まで拡大しており、新型コロナウイルスの感染拡大の波が反響価格の変化にも大きな影響を与えていることが明らかです。
なお、首都圏において中古マンションの需給バランスが逼迫したことから、2020年末から市場価格は3400万円台後半から3500万円台へと上昇し始め、これに伴って反響価格との乖離率が15%前後に拡大する傾向を示しています。
現状でも日経平均株価は3万円前後の水準で安定推移していますから、この状況を背景とした資産付け替え需要の発生などで、投資・実需ともに中古マンションへの需要の押し上げが、コロナとは別の要因として乖離率の拡大の要因となる可能性があると考えられます。
反響価格の変化に消費者の不安の表れが見てとれる
首都圏の中古マンションを対象として、不動産ポータルサイトLIFULL HOME'Sに掲載された市場価格および反響価格の推移を確認すると、利便性の高い都心周辺と、コロナ禍でテレワークが進捗したことによって住環境や子育て環境など生活面でのゆとりや個人的な好みを反映した準近郊・郊外に二極化したと言われたことがデータで裏付けられる結果となりました。
特に2020年4月の1回目の緊急事態宣言発出時に最もわかりやすくその反響が表れていることが明らかです。
市場に投入される住宅は新築・中古を問わず、また賃貸物件であるかどうかを問わずに、市場合理性や利便性や利用価値を反映した経済性で価格と賃料が供給サイドによって(半ば恣意的に)決められています。もちろん市場合理性から大きく逸脱した物件価格および賃料を設定すれば、買い手・借り手はいつまで経っても現れずに市場からオミットされることになるため、自ずと上限はありますが、それらも織り込んだうえで価格および賃料は決まります。
つまり、価格決定権は基本的に供給サイドにあるので、需要サイドは提示された価格および賃料に対して是非を述べることしかできないのです(交渉の余地は常にありますが、実際に購入者および賃借人が希望する金額に調整されることはほとんどありません)。
その意味では、今回分析用に使用した「反響価格」は需要サイドの意向を示すマーケットデータとして極めてユニークなデータです。
ワクチン接種は徐々に進んでいますが、変異株の出現やワクチン接種後に感染する「ブレイクスルー感染」も確認されていますから、コロナ禍に対する人々の不安がこのような消費行動に示されたとするならば、より安全で安心な暮らしを送るための政府の(有益な)対策が、これからも求められることになります。(中山登志朗)