「日本が三流国に落ちる前に、45歳定年制の導入を!」
という爆弾提言が経済同友会のセミナーで飛び出した。
サントリーホールディングスの新浪剛史(にいなみ・たけし)社長(62)が言い出した。
サントリーといえば、有言実行の「やってみなはれ」が有名だ。提言には経済専門家の間では賛否両論が激突しているが、ネット上では「自分の会社でまずやってみなはれ」という批判が殺到している。
「45歳定年で、20代、30代が勉強するようになる」
騒ぎの発端は、時事通信が経済同友会の夏季セミナーの初日が終わった2021年9月9日21時21分に速報で配信した「45歳定年制導入を コロナ後の変革で、サントリー新浪氏」という短い記事だった。
サントリーホールディングスの新浪剛史社長がこの日、経済同友会の夏季セミナーにオンラインで出席し、「ウィズコロナの時代に必要な経済社会変革について『45歳定年制を敷いて会社に頼らない姿勢が必要だ』と述べた。新浪氏は政府の経済財政諮問会議の民間議員を務めるなど論客として知られる。政府は、社会保障の支え手拡大の観点から、企業に定年の引き上げなどを求めている。一方、新浪氏は社会経済を活性化し新たな成長につなげるには、従来型の雇用モデルから脱却した活発な人材流動が必要との考えを示した」という内容で、「45歳定年制」についてはたった1行、触れただけだった。
これがSNS上では
「45歳での転職は普通の人では無理」
「単にリストラではないか」
といった大反発を招き、新浪氏は翌9月10日に釈明会見に追い込まれる。
具体的には、どんな提言だったのか――。新浪氏の発言は、「日本が三流国に落ちていかないよう、どう変わるべきか」という危機意識のもとに行われた議論の中で出てきたもので、朝日新聞デジタル(9月10日付)「サントリー新浪社長『45歳定年制』を提言 定年延長にもの申す」が、こう伝える。
「新浪氏はアベノミクスについて『最低賃金の引き上げを中心に賃上げに取り組んだが、結果として企業の新陳代謝や労働移動が進まず、低成長に甘んじることになった』と総括。『日本企業はもっと貪欲にならないといけない』と訴え、日本企業が企業価値を向上させるため、『45歳定年制』の導入によって、人材の流動化を進める必要があると述べた。
9日の記者会見でも『(定年を)45歳にすれば、30代、20代がみんな勉強するようになり、自分の人生を自分で考えるようになる』と従業員の意識改革を促す効果を強調。年齢が上がるにつれ賃金が上昇するしくみについても『40歳か45歳で打ち止め』にすればよいと語った」
現行の高年齢者雇用安定法は60歳未満の定年を禁じ、65歳までは就業機会を確保することを企業に義務づけている。今年4月からは70歳までの確保も「努力義務」になったが、朝日新聞によると、こうした国の政策についても、新浪氏は「国は(定年を)70歳ぐらいまで延ばしたいと思っている。これを押し返さないといけない」と触れ、企業が人材の新陳代謝を進められる環境の必要性を訴えたのだった。
新浪社長「定年という言葉はちょっとまずかった」
こうした新浪氏の主張に、セミナーに参加したほかの経営者も賛同したことを日本テレビニュース(9月12日付)「『45歳定年制』? 進む人材の新陳代謝」が、こう伝える。
「新浪氏の『45歳定年案』については、複数の経営者が賛同を示した。ロッテホールディングスの玉塚元一社長は『同質化した人が同じ成功体験の中のサイロ(編集部注:家畜の飼料などを貯蔵する巨大なタンク。組織やシステムが孤立した状態を指す)にいると、イノベーションが生まれない』と述べ、人材の流動化を支持した。
また、大企業からベンチャーに移るなど、企業の新陳代謝や人材の流動化を促すために、企業間で連携する仕組みをつくるなどのアイデアも披露した。さらに、50代、60代、70代で起業する人が出てこないと社会保障も持たないとして、シニアの起業を後押しする仕組みづくりにも本気で取り組む必要あると語った」
しかし、SNS上の猛批判を受け、翌10日の記者会見で新浪氏の発言はトーンダウンする。読売新聞(9月10日付)「サントリー新浪社長『45歳定年制』発言で炎上...『ちょっとまずかった』」がこう伝える。
「新浪氏は記者会見で『定年という言葉を使ったのは、ちょっとまずかったかもしれない』と釈明。そのうえで『45歳は節目で、自分の人生を考えてみることは重要だ。スタートアップ企業に行こうとか、社会がいろんなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ。首切りをするということではまったくない』と述べた」
新浪氏は1981年に三菱商事に入社し、91年ハーバード大学経営大学院でMBA(経営学修士)を取得。2002年、43歳で三菱商事を退職し、ローソン社長に就任した。「スタートアップ企業」ではなかったが、45歳までの「定年退職」は実践したわけだ。
落ち込んだローソンの業績を回復させるためオニギリに力を入れ、ヒット商品を連発。11期連続で営業増益を達成した。2014年からサントリーホールディングス社長に。サントリーでは初の創業家以外からの社長就任となったことで話題になった。
「会社にしがみつくのはむしろ従業員のエゴ」
今回の「45歳定年制」、経済の専門家の間でも賛否が分かれている。『初めての人のための資産運用ガイド』など著作が30冊以上ある、株式会社資産デザイン研究所社長の内藤忍氏は、自身の公式ブログ(9月11日付)「サントリー新浪社長の『45歳定年制』に反発する前にやっておくべきこと」(内藤忍の公式ブログ) で、こう賛同を示した。
「(新浪氏の発言が)反発を招いた理由は『45歳定年』という言葉が一人歩きし、中高年の従業員の切り捨てを行う経営者のエゴと捉えられたからだと思います。しかし、会社からは必要のない人材だと評価されているのに、会社にしがみつくのは、むしろ従業員のエゴと考えることもできます。 新浪氏の発言の真意は、一つの企業にずっと働いていてその会社で活躍が十分にできていない人材を、必要とされる会社に流動化させることによって、企業にとっても従業員にとってもメリットがあるのではないかということではないでしょうか。
伝統のある大企業には、優秀な人材がその能力を発揮できないまま大量に存在しています。一方で、新興企業には優秀な人材がなかなか集まらず、成長の機会を逃しています。このような人材のミスマッチを解消するためには、終身雇用ではなく雇用の流動化が大切なのです。
ただし、日本の会社の終身雇用制は、若い時期に給与水準を低く抑え、中高年になってそれをカバーする給与体系になっています。このような給与体系であれば、1つの会社で、若い時期に自分の評価より低い賃金に甘んじて仕事を続けてきて、いきなり45歳でリセットされたら『はしごはずし』と感じるかもしれません。とは言え、今後経済の環境の変化が大きくなれば、45歳定年制にならなくても、いきなり会社から追い出されるリスクが高まっていきます。
新浪氏の発言に対し感情的な反発をする前にやっておくべきことは、会社に頼らない自分のキャリアプランを考えておくことです」
また、経営コラムニストの横山信弘氏は、多様なキャリアの開発に早めの準備が必要だと評価する。
「『人生100年時代』という表現が日本でも広まったのは5年以上も前の話である。『人生80年時代』の過去の考え方はもう通用しない。『老後』は60歳以降ではなく、80歳以降の時代となったのだ。『人生100年時代』のライフステージでは20~80歳までの仕事ステージを複数に分解している。たとえば60歳近くまで会社に依存すると考えると、パラレルキャリアの道を閉ざすことになる。リスクしかない。
NECが45歳以上の希望退職者を募り、グループで約3000人の削減に踏み切った、いわゆる『黒字リストラ』を実施したのはコロナ禍前である。業績を上方修正したホンダも世代交代を見据えて2000人の希望退職者を募った。長年勤めた会社を突然辞めるのには覚悟が必要だ。だからパラレルキャリアを考えるうえで、会社は早めの準備をさせる義務がある。『100年』と言われた人生が、さらに伸びる可能性も出てきたのだから」
「定年時に子供は中学生かそれ以下」
一方、「45歳定年制」の早急な実現に反対するのは、山口浩駒沢大学准教授(経営学)だ。多様な書き手の情報発信サイトBLOGOS(9月11日付)「『45歳定年制』を実現させたいなら」で、明治以降の「定年制度」と「早期退職制度」の歴史を振り返った後に、こう指摘する。
「(新浪氏は)45歳で定年を迎えた人の行先は『スタートアップ企業など』と言っているだけで、その人たちの生活への視点は薄弱だ。その『スタートアップ』とやらはどこにあるのか。そこで求められるのはどんな能力なのか。そうした能力を身につけるために企業はどのような支援をするのか。能力が身につかなかった人はどうするのか。多くの労働者にとって定年後に生計を立てていく見通しが立たない状況が受け入れられるわけがない。
また、そもそも45歳前後は『節目』というより、雇用の継続と安定を最も必要とする年代である。国の『出生動向基本調査』(2015年)によると、夫妻の平均初婚年齢は夫が30.7歳、妻が29.1歳だ。45歳定年だと定年時に子どもは中学生かそれ以下となる。これから最も教育費がかかる時期を迎える年齢だ。このあたりで収入が不安定になるとすると、子どもを持とう、結婚しようという人は現在よりさらに少なくなるだろう。
新浪氏は、政府の経済財政諮問会議の民間議員も務めている。いわば国の舵取りの方針策定に関与する立場であるわけで、一企業を超えた活躍を期待しなければなるまい。45歳定年制を実現させたいならまず、『凡人』が凡人なりに45歳で新たな職に挑戦し、きちんと生きていける世の中を実現してもらいたい。45歳の『一休』たちに『屏風の虎』を捕まえてほしければまず、屏風から虎を追い出してみせよ、という話だ」
このほか、インターネット上でもさまざまな専門的な立場の人が発言をしている。ヤフコメにはこんな意見もある。
明治大学公共政策大学院専任教授で社会福祉研究者の岡部卓氏も、反対の立場だ。
「時代に逆行する考えである。雇用の流動化を図り経済成長につなげる方策の一つとして早期の定年制の導入を打ち出しのであろう。コロナに乗じて述べているが、結びつける話ではない。これまでも労働市場の規制緩和により正規雇用を減らし、パート、派遣など非正規雇用を増やしてきた。その結果、格差が広がり、働いても生活が維持できない多数の労働者を生み出してきた。45歳定年制の導入は、それに拍車をかけることになる。
人口減少社会が進行するなかで、中高年の経験や能力を活かす、また雇用を守り、労働者の生活の安定・向上に努めるような方策が求められている。この考えには、それが出されていない。企業利益の追求はあるが、労働者の利益に資する姿勢がみられない。これは、単に早期の定年制導入の問題にとどまらない。労働者の雇用と生活を守る企業のあり方、そして国民・住民の生活を支える社会保障に密接に関わる問題である」
就活対策ポータルサイト「就活SWOT」代表の酒井一樹氏は就活生の立場から、こう指摘する。
「企業側がこれを提示する場合、求職者目線では『若い間のリターンが他の会社より大きくなければ選ぶ意味がない』という事になります。一部の外資系企業などは、実際に20代~30代の間から高給であり、退社後の市場価値も高まるからこそ就職先として一定の人気があります。
そういった意味のあるリターンがない中で、定年の年齢だけ下げよう...というのは経営側の願望を言っているだけと批判されても仕方ないでしょう。『会社に頼らず活躍できる人材を増やすためどうするか?』を先に議論していくべきだと思います。また同時に、早期定年を迎えた人材に対して、産業界からどのような活躍の場を与えられるかを考えるべきでしょう」
「サントリーがやればメリット、デメリットがわかる」
こうした議論があるからこそ、千葉商科大学国際教養学部准教授で社会格闘家の常見陽平氏は、新浪氏にこう呼びかけるのだった。
「新浪さん、まずはサントリーで『やってみなはれ』。これでメリット・デメリットが明らかになります。早期退職制度という意味で、企業で既に導入されているとも言えますし、社会全体に関わる話なのか、選択的導入なのか、日本の『雇用終了』にメスを入れるのか。論じ方が変わってきます。
二重、三重にこじれた話であり、すでにそうなっています。就活生の頃や若い頃は輝いていたのに、働かないオジサンが増えると言われる企業社会に一石を投じるものでもあります。45歳までは組織内で合った仕事を探し、それ以降は管理職を目指すか専門家になるか選択するという働き方にも見えます。一方で、新種のリストラ策にもなりえます。人手不足の中、社員を手放すのかとも。
なお、この手の話は、よくリクルートが事例になりますが、もう約20年前に見直しています。東大の柳川先生が40歳定年本を発表したのが2013年(編集部注・柳川敬之著『日本成長戦略 40歳定年制 経済と雇用の心配がなくなる日』)。環境の変化も含め議論したいです」
非常に示唆に富む提案だ。大事な議論を深めるためにも、まずサントリーで実験的に「やってみてほしい」というのであった。
(福田和郎)