考えさせられる米国の8月雇用統計 「雇用の遅れ」に不安、高インフレを招いた1970~78年に似てきた?(志摩力男)

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   米国の8月の雇用統計の数字は、非農業部門雇用者数が予想よりかなり低く、結構悪いものでした。

非農業部門雇用者数 23.5万人(予想75万人、前回105.3万人)
失業率       +5.2% (予想+5.2%、前回+5.4%)
平均時給(前月比) +0.6% (予想+0.3%、前回+0.4%)
平均時給(前年比) +4.3% (予想+4.0%、前回+4.0%)
労働参加率       61.7%  (前回 61.7%)

   ただ、よく見ると二つ、気付くことがあります。平均時給は高い伸びを示しています。企業が人を雇うために高い給与を提示していることがわかります。もう一つ、労働参加率は高まっていません。

   つまり、コロナ禍の影響もあるのかもしれませんが、高い給与を提示されても仕事に戻らない人が多いということです。

  • 米労働市場に人が戻らない……(写真はイメージ)
    米労働市場に人が戻らない……(写真はイメージ)
  • 米労働市場に人が戻らない……(写真はイメージ)

FRBの二つのマンデート

   労働市場に人が戻らないのは、新型コロナウイルス対策として失業保険特別給付があるからであり、働くより失業給付のほうが受け取るお金が大きいからだと解釈されていました。しかし、共和党系の知事の州では9月より前に特別給付を打ち切っていますが、それでも仕事に復帰しない人がかなり多いことが確認されています。そうなると雇用の回復には時間がかかりそうです。

   また、雇用が戻らないからといって、景気が悪いわけではないともいえます。景気が良いからこそ、企業は人を雇うために高い給与を提示できるのでしょう。しかし、経済が悪いから雇用が戻らないという考えに固執すると、景気判断を誤ってしまうかもしれません。

   つまり、必要以上に長く、金融感政策を続けてしまう可能性があります。

   FRB(米連邦準備制度理事会)には、二つのマンデート(資金調達の際、その企業から業務委任を受けること)があります。雇用とインフレです。FOMC(米連邦公開市場委員会)で、金融緩和政策を終了させるには「一段と顕著な進展(Substantial further progress)」が見られることが必要といっていました。

   先日の米ジャクソンホール会議で、FRBのパウエル議長は、インフレ面においては「一段と顕著な進展」がすでに実現されたと言いました。そして雇用面においても着実な進展が観測されていると言いましたが、「一段と顕著な進展」にはもう少し足りないというニュアンスでした。

   しかし、このまま行けば、雇用面でも条件が満たされ、年内のテーパリング(量的緩和の縮小)開始が可能と言いました。

   今、マーケットでは年内テーパリング開始を完全に織り込んでいます。11月スタートというのがコンセンサスです。しかし、テーパリングが実行されたとしても、実際に利上げとなるのはまだまだ先との解釈から、金融マーケットは安心しています。

インフレに寛容なFRB議長の今後

   ところが、ここに「雇用の遅れ」という新しい材料が加わりました。正確には特別給付が完全に終わったあとの労働市場がわかる9月の米雇用統計の数字を見て確認したいところですが、8月の数字を見ると、不安になります。

   コロナ禍によって労働市場が決定的に変化した、つまり、経済は良くても雇用はなかなか戻らないとするならば、雇用面における「一段と顕著な進展」はいつまでたっても達成されない可能性があり、必要以上に緩和状態を長引かせてしまう可能性があります。

   悪い雇用統計にも関わらず、米国の株式市場は安定していました。驚いたのは、米長期金利が上昇した(1.27%前後から1.32%前後に)ことです。平均時給の伸びに敏感に反応したのでしょう。つまり、債券市場は、景気が悪いから雇用者数が伸びなかったとは解釈していないということです。コロナ禍後の新しい経済を受け入れているのでしょう。

   米ジャクソンホールにおいて、パウエル議長はスピーチの約半分の時間を使って、いかに今の高いインフレ率がそのうち収まるのか、高いインフレ率に過敏に反応することは大きな失敗につながるのかを、延々と説明しました。

   おそらく、今の高過ぎるインフレ率は、そのうち穏やかになるのでしょう。しかし、基調として高いインフレ率が定着するリスクを軽く見過ぎているとも思いました。

   米国のアフガニスタン撤退における大失態は、1975年のサイゴン陥落や、イラン革命時におけるテヘラン米大使館救出作戦の失敗に重なりました。バイデン米大統領は「成功だった」と自画自賛し、失敗を糊塗する姿が、情けなく見えました。

   米国が弱かった1970年代が思い出されます。カーター米大統領(当時)は、人格高潔な良い人でしたが、大国の指導者としてはあまりにも弱かった。あのときもインフレ率が高く、スタグフレーションという言葉まで生まれました。その高インフレは、最終的にはボルカー議長による超高金利政策で沈めなければなりませんでした。

   ボルカー議長の前、1970~78年にFRB議長を務めたアーサー・バーンズ氏はインフレに対して甘い対処しかしなかったことで高インフレを招き「史上最低の議長」とされています。

   パウエル議長がそうなるとは思いませんが、長い戦争からの撤退、高いインフレ率、民主党政権、弱い大統領、インフレに寛容なFRB議長と、1970年代後半と今が何となく似ていると感じさせられます。(志摩力男)

志摩力男(しま・りきお)
トレーダー
慶応大学経済学部卒。ゴールドマン・サックス、ドイツ証券など大手金融機関でプロップトレーダー、その後香港でマクロヘッジファンドマネジャー。独立後も、世界各地の有力トレーダーと交流し、現役トレーダーとして活躍中。
最近はトレーディング以外にも、メルマガやセミナー、講演会などで個人投資家をサポートする活動を開始。週刊東洋経済やマネーポストなど、ビジネス・マネー関連メディアにも寄稿する。
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