パラ選手の出場を棄権にさせたトヨタの自動運転バスの事故 いったいどうして起こった?

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   東京パラリンピックが終盤を迎えているが、思わぬハプニングで競技を棄権した選手が出た。男子柔道の北薗新光(きたぞの・あらみつ)選手だ。

   北薗選手は、選手村内で運行していたトヨタ自動車の自動運転バスと接触する事故に遭ってしまったのだ。

   いったい事故はどうして起こったのか。この事故で自動運転車の開発は、どうなるのだろうか。

  • 「eパレット」に乗り込む車いすの人(トヨタ自動車の公式サイトより)
    「eパレット」に乗り込む車いすの人(トヨタ自動車の公式サイトより)
  • 「eパレット」に乗り込む車いすの人(トヨタ自動車の公式サイトより)

自動運転バスは停止したが、オペレータが発車させた

   東京パラリンピックの選手村で起きたトヨタ自動車の自動運転のバスの人身事故は、いち早く海外メディアによって世界中に打電された。

   ロイター通信(8月30日付)「トヨタの自動運転車、選手村で運用再開へ 加減速・停止を手動に」が、事故によって運転がストップされていた自動運転のバスの運行再開を、事故の経緯とともにこう伝えている。

「トヨタ自動車は8月30日、東京パラリンピック選手村での視覚障がいのある選手との接触事故を受けて運行を停止している自動運転車について、大31日から再開すると発表した。事故原因は警察が今も捜査中だが、自動運転による加減速・停止を手動に切り替え、交差点での誘導員を増やすなど対策を講じて再開する」

   事故が起きたのは8月26日だった。柔道日本代表で男子81キロ級の北薗新光(きたぞの・あらみつ)選手が交差点を渡ろうとした際に、交差点を通過中のトヨタの自動運転バス「e(イー)パレット」と接触した。北薗選手は頭や足に全治2週間のケガを負い、28日に出場予定だった試合を欠場した。

   「eパレット」はトヨタが東京五輪・パラリンピックの選手村での移動のために提供した自動運転車だ。運転の自動化レベルは国際基準では上から2番目の「レベル4」。一般公道ではなく選手村のような「限定された領域」では運転の支援者なしでも運行できる=下表参照。

5段階ある運転自動化レベルの定義。「eパレット」はレベル4だった(内閣官房公式サイトより)
5段階ある運転自動化レベルの定義。「eパレット」はレベル4だった(内閣官房公式サイトより)

   しかし、東京五輪・パラリンピック選手村は「実証実験」の場ということで、常時、バスにはオペレーターが2人同乗していたのだった。

「障がい者への想像力に欠けていた」と謝罪したトヨタ自動車の豊田章男社長(公式サイト)
「障がい者への想像力に欠けていた」と謝罪したトヨタ自動車の豊田章男社長(公式サイト)

   主要メディアの報道をまとめると、事故は選手村にある信号機のない丁字路をeパレットが右折する際に起こった。eパレットは北薗選手とは別の人の存在を検知し、横断歩道の前でいったん停止した。その後、バスに搭乗するオペレーターが安全を確認し、バスを手動で発進させた。すると左前方から北薗選手が横断してきた。

   この動きをeパレットのセンサーが検知し、自動ブレーキが作動。オペレーターも緊急ブレーキをかけたが、完全に停止する前に北薗選手と接触してしまったというのだ。交差点には誘導員が2人いたが、信号がなく、誘導員が複数の方向から横断する歩行者や車両の動向を確認できる環境ではなかったという。

   トヨタ自動車の豊田章男社長は8月30日夜、自社メディア「トヨタイムズ」で、こう謝罪のコメントを出した。

「接触された選手の方の一日も早い回復をお祈り申しあげます。運行停止により、選手村の皆様に移動でご不便をおかけしたことを申し訳なく思います。クルマ、歩行者、インフラが三位一体となって対策を確実に行います」

   そして、その後のオンラインで報道陣の取材に応じ、こう述べたのだった。

「(事故時の状況については)車内からは(歩行者が)死角だった。パラリンピックの会場で、目が見えないことや耳が聞こえないことへの想像力を働かせられなかった」

パラリンピック選手村こそ現実の道路に近い

   今回の事故で、自動運転車の現況について厳しい現実を見せつけた、と指摘するのは産経新聞(9月3日付)「自動運転実用化へ課題 トヨタのバス接触事故『パラ選手村こそ現実に近い』」だ。こう報じている。

「トヨタ自動車の自動運転バス『eパレット』の接触事故は、けがをした選手が競技を棄権するといった最悪の事態に発展、事故原因も捜査中だ。トヨタは障害者への配慮が足らなかったとするが、有識者からはパラリンピックの選手村こそ、現実の環境に近いとの指摘も上がる。自動運転の実用化に向け、課題の洗い出しが急務だ。
記者団の取材に応じた豊田章男社長は『パラリンピック会場なので、ひょっとしてという想像力、配慮が欠けていた』と述べた。しかし、自動運転に詳しい国際自動車ジャーナリストの清水和夫氏は『今回の事故を特殊なケースとしてとらえるべきではない』と話す。一般の道路でも泥酔した人やスマートフォンを見ながら横断する人はいるからで、『事故を教訓に課題を洗い出すことが重要だ』と指摘する」

   産経新聞は、今回の事故に対するトヨタ自動車の姿勢も、こう批判したのだった。

「今回の事故では情報発信のあり方も検証が求められそうだ。選手の出場機会を奪うという重大な事案にも関わらず、トヨタが事故を公表したのは翌日になってから。しかも、自社サイト『トヨタイムズ』で状況を説明した後に、豊田氏がマスコミの取材に応じただけで、正式な記者会見の場は設けていない。
警察が捜査中の案件で詳細な説明が難しいとの事情はあるが、自動運転に対する国民の理解はまだ十分ではない。自動運転は事故の発生率を飛躍的に下げることが期待される一方で、事故リスクをゼロにすることは不可能だ。それだけに事故についての十分な説明は、国民が新たな技術を受け入れる素地を作るうえでも重要で、業界をリードする企業としての対応が求められている」

自動運転化への流れが逆戻りしてしまう

トヨタの自動運転バス「eパレット」(トヨタ自動車の公式サイトより)
トヨタの自動運転バス「eパレット」(トヨタ自動車の公式サイトより)

   自動車ジャーナリストの桃田健史氏も「JBpress」(9月1日付)「トヨタ自動運転車事故、目の前に叩きつけられた厳しい現実」という記事の中で、トヨタをはじめ自動車業界が抱える課題を、こう指摘した。

「全国各地で近年、路線バスやタクシーの運転手の高齢化が進み、新たな成り手を見つけることも難しくなってきた。こうした状況を打開するため、搭乗員がいない自動運転バスや自動運転タクシーへの期待が高まっている。だが現状では、今回の選手村での接触事故への対策に見られるように、安心・安全を確保するためには、まだまだ人によるサポートが欠かせないことがわかる。
そんな厳しい現実を目の前に叩きつけられたような思いがする。自動運転技術は確かに必要だが、トヨタを含めた自動車産業界には、『死亡事故ゼロを実現するためには自動運転技術が欠かせない』という認識が存在する。そこには、死亡事故の多くが運転者の運転判断ミスや運転操作ミスによるものだという大前提がある。
確かに、完全自動運転まで至らなくても、自動運転技術を活用した高度な運転支援システムが事故発生を軽減しているとのエビデンスもある。今回のパラリンピック選手村内での接触事故においても、自動ブレーキが作動したことで接触時の速度が抑制されたことは事実だ。自動ブレーキの作動によって、接触した歩行者の負傷の度合いが抑えられた可能性もある」

   そして、今回の事故によって自動運転化への流れが逆戻りしてしまうことないよう、桃田氏は原因の究明を急ぐよう、こう訴えるのだった。

「筆者は公道で一般車両と混流して走る実証試験車に、体験乗車する機会があるが、その技術進化の速さに驚かされることが多い。その上で今回の接触事故を踏まえて、単なる技術論だけではなく、自動運転の社会との関係があるべき姿について、関係者はいま一度深く考えるべき時期ではないだろうか」

「盲導犬はGoの指示が出ても、危険があると従わない」

   今回のトヨタの自動運転車の事故について、インターネット上ではさまざまな意見が飛び交った。

   自動車ジャーナリストの小沢コージ氏は、こう指摘した。

「失敗は失敗と認め、謝罪はするべきだろう。とことん原因を追究し、2度と同じミスを起こさないようにする。だが、ここで自動運転に対する実験をすべて否定するのは絶対に間違いだ。技術に完全はなく、特に先進技術はそう。どれだけ宇宙開発で人の命が失われたのか。100%、120%の安全を求めると(日本は何かと求めがち)何もできなくなり、その国はいろんな面で立ち遅れてしまう。コロナのワクチン開発が遅れたのも、そういう一面もあるはず。
今後、自動運転化が進むうえで間違いなく、このような事が再び起こりうる。全体として進化しているのか、世界は何を求めて動いているのかを国民全体が把握し、理解する必要がある。リーダーシップが必要なのはまさにこういう時だ」

   自動車ライターの平塚直樹氏も、こう指摘した。

「実用化が期待される完全自動運転車は、車両がさまざまな情報を認識し制御することで、『人為的ミス』をなくし、将来の『交通事故ゼロ』に貢献することも期待されています。ただし、やはり現状の技術では、何らかの人による運用は不可欠のようです。たとえば、小田急電鉄が江ノ島で2018年から実施している自動運転バスの実証実験。2019年の取材時は、バスの目となるカメラやセンサーは、遠方の道路状況などは認識できるが、逆に停車中などにバスの直近や真下に犬や猫がいても認識できない可能性があるとのことでした。 また、仮にシステムが完全に周囲の状況を認識し安全な運行が可能になったとしても、たとえば車内に急病人が出た場合などは、乗務員ゼロでは迅速な対応ができないという課題もあります。(トヨタのケースは)残念な事故でしたが、今回を教訓に、運用面も含め今後の改善につながればと思います」
「eパレット」は歩行者を感知すると停まるが......(トヨタ自動車の公式サイトより)
「eパレット」は歩行者を感知すると停まるが......(トヨタ自動車の公式サイトより)

   また、こんな疑問の意見も多かった。

「自動運転ゆえに起きたわけではないですよね。バスは人を検知して停止したのに、オペレーターがボタンを押して発車させて事故になったのだから。渡りそうな歩行者がいるのがわかっているなら、歩行者が渡るのを待ってから発進だよ。たぶん、オペレーターはふだんから公道でクルマ優先の運転しているのだろうと思う。盲導犬はハーネスを持つ人がGoを指示しても、危険があると判断すると指示には従わない。そういう装備を付けないといけなかったと思う」
「クルマが危険を感知していても、オペレーターが発進ボタンを押せば動くというシステムに問題がある。自動運転車側が危険を察知したら、人がいくら進めと命令しても動かないシステムにするべきです(せめて車外で安全を確認・確保しないと動かないシステムにしないと)。人は間違いを起こすことを前提にしないといけません」
「ヒューマンエラーは起こって当然という思想でシステムを作ることは、欧米ではかなり進んでいますが、日本は遅れている」

   一方で、自動運転車に対する期待の声が多かった。

「自動運転が実用化されると、田舎の年配の人は助かるよ。特に免許を返納して欲しいと言われる世代は。事故が圧倒的に減るだろうからね。ただ、事故はゼロにはできない。特にメディアは自動運転の99%のメリットを報道せずに、1%のデメリットを大々的に報道する。自動運転よりも、手動運転で毎日多くの事故が起きているのに...」
「自動運転ランキング世界1位のウェイモ(編集部注:グーグル傘下の技術者たちが起業)が、ついに今年8月からサンフランシスコ市で、無人のロボタクシーのサービスを始めました。ウェイモだって事故を起こしています。それでも自動運転は必要だと思われているから、市当局から運行を許可されているのです」
「自動運転が未だに実用化されない一番の理由はこれだ。自動運転車が事故を起こした時に誰が責任を取るのかが明確にできない。クルマの所有者なのか、クルマの運用者なのか、クルマの開発者なのか。一般販売になると、誰が果たして責任を持つのかという問題が出てくる」

(福田和郎)

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