NHK大河ドラマ「青天を衝け」は、幕末から明治に舞台が移ろうとしている。主人公の渋沢栄一は、「日本の資本主義の父」と呼ばれ、多くの企業の設立に関与したが、帝国ホテルの初代会長であったことをご存じだろうか――。
新型コロナウイルスの影響を受け、経営環境が厳しいホテル業界。帝国ホテルの定保英弥(さだやす・ひでや)社長に、愛読書やコロナ禍での経営について、聞いた。
コロナ禍で示した帝国ホテルの現場力
――東京オリンピックが開催され、外国人のお客さんの姿も見えますが、新型コロナウイルスの影響はいかがでしょうか。
定保英弥社長「客室の稼働率は現在、2割ほどと依然苦しい状況です。オリンピックに期待していましたが、7月は予約のキャンセルもかなりありました。東日本大震災やリーマンショックの際も大変でしたが、顧客のみなさまの支えもあり、比較的早く回復しました。しかし、コロナ禍は別です。これほど長期化するとは思ってもいませんでした。1回目の緊急事態宣言のときは、約8割の従業員が自宅待機をしていました。一緒に働いている約2600名の仲間が『帝国ホテル、大丈夫か』という気持ちになったであろうことは容易に想像できます。そこで一緒に乗り越えていこう。感染防止のアイデアや新しいサービスの提案を送ってほしい、とメッセージを送りました。すると、心強いことに、一週間で約5500件の提案が寄せられました。うれしかったですね」
――2020年7月の芥川賞・直木賞の発表・記者会見は帝国ホテルで行われ、取材に行きましたが、感染防止対策がしっかりしていたのに感心しました。
定保さん「感染防止の具体的な対策も、従業員からいろいろ出たアイデアを実行した結果です。これが帝国ホテルの現場力だと思いました」
――定保さんが、いま経営の参考にされている本はなんでしょうか。
定保さん「帝国ホテル初代会長だった渋沢栄一翁に関する本です。いま大河ドラマの主人公になり、話題になっていますね。『論語と算盤』も、もちろん読みました。渋沢翁が初代会頭を務めた東京商工会議所がスローガンに掲げる『逆境の時こそ力を尽くす』という言葉をいま、まさに心に刻んでいます」
――逆境を克服するという発想から生まれたアイデアもありますか。
定保さん「30泊36万円で提供するサービスアパートメントというサービスを始めましたが、そのヒントとなるアイデアも多数ありました」
――渋沢栄一についての本は、数多く出版されていますね。
定保さん「渋沢翁の玄孫の渋澤健さんが書かれた『渋沢栄一 100の訓言』(日経ビジネス人文庫)も愛読しています。渋沢翁の座右の銘と家訓などを集めた『渋沢栄一訓言集』から現代向けにエッセンスをまとめた本です。今年の新入社員全員に配りました。少し引用したいと思います。『信用は信念から生まれる』。信用というものは、肩書や外見を取り繕っただけで築くことができるものではない。信用は信念を持った人にだけ寄せられる、という意味です」
渋沢翁の言葉「信用すなわち資本と思え」を胸に
――なるほど。ほかに参考にされている言葉はありますか。
定保さん「『信用すなわち資本と思え』という言葉もあります。渋澤健さんによると、『信用とは、企業にとって資本であり、ビジネスの成功の基礎にあるものだ』ということです。お客様に万全のサービスを提供し、『また帝国ホテルに泊まろう』と思っていただけるように、努めています」
――ところで、帝国ホテルは建て替えを発表されましたね。どのような計画でしょうか。
定保さん「帝国ホテルは2020年に開業130周年を迎えました。2024年度から着工し、すべての完了は36年度で、事業費は2000億~2500億円の大プロジェクトです。現在の本館は築50年を超え、ハード面において最新設備の外資系ホテル、建て替えたパレスホテル東京やThe Okura Tokyoなどに遅れをとっていることは否定できません。一方で、最高の立地と高いサービス水準は負けていないと思っています。だからこそ今、ハードを整える段階だと判断しました。渋沢翁も『満足は衰退の第一歩』という意味の言葉を残しています。苦しい時こそ積極的にハードウェアに投資することが大切だと考えました」
――もう少し、詳しく教えてください。
定保さん「2007年に三井不動産が資本参加してから、建て替えについて研究を重ねてきました。そのほか、NTTグループや第一生命保険、東京電力グループなど10社の地権者が手を取り合い、内幸町地区の街区全体を再開発します。まずタワー館を先に建て替え、一部の土地を三井不動産に譲渡し、財務的な負担を軽くする。そしてタワー館で安定的な賃料収入を得られる体制をつくり、本館を建て替える計画です」
――客室は広くなるでしょうか。
定保さん「現在われわれは30~40平方メートルが多いのですが、グローバルには50~60平方メートルです。平均的に平米数を引き上げて居住性を高めたいと考えています
――2025年10月には京都へも出店なさるそうですね。
定保さん「帝国ホテルブランドのホテルとしては4店舗目となりますが、祇園という文化的にも最高の立地です。客室数は約60室ぐらいです。京都のみなさまにも末永く愛されるホテルにしたいと思います」
――コロナ禍の後、ホテル業界はどうなるでしょうか。
定保さん「必ず需要は戻ると確信しています。感染症への備えをして、安全を担保しながら、お客様に高品質なサービスを提供していきたいと思います」
稲盛和夫さんや王貞治さん、山中伸弥さんが語った人生哲学
――渋沢栄一には、ずいぶん助けられたようですね。
定保さん「コロナ禍での経営、そして建て替え計画では、渋沢翁の言葉に背中を押してもらいました。なにしろ初代会長ですから。会長職を退いた後にも『君たちが丁寧によく尽くしてくれれば、世界中から集まり、世界の隅々に帰って行く人達に、日本を忘れずに帰らせ、一生日本をなつかしく思い出させることのできる、国家のためにも非常に大切な仕事である。精進してやってくださいよ』と従業員に言葉を残しています。つまりは、100年以上前から観光立国を訴えていたということです」
――渋沢栄一の話ばかりになりましたが、他にオススメの本はありませんか。
定保さん「『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(到知出版)をお勧めします。稲盛和夫さん、王貞治さん、山中伸弥さんら各界の方々が人生哲学を語った本です」
――社員にオススメの本はありますか?
定保さん「『ビビる大木、渋沢栄一を語る 僕が学んだ「45の教え」』(プレジデント社)も読みやすくまとまっていると思います」
最後まで、渋沢栄一についての本の話題になった。通常120人ほどの新入社員が30人に減ったというところに、コロナの影響の大きさがうかがえた。
定保さんに好きな小説や作家についてお尋ねしたが、なかなか名前を挙げなかった。多くの作家や著名人が利用する帝国ホテル。固有名詞を出すことを控えるのはホテルマンとしての「わきまえ」なのだろう。(渡辺淳悦)
プロフィール
定保 英弥(さだやす・ひでや)
帝国ホテル株式会社
代表取締役社長
1984年に学習院大学経済学部卒業、帝国ホテル入社。宴会部、営業部、宿泊部などを経て、2009年に帝国ホテル東京総支配人に就任。13年から現職。
1961年生まれ。