東京オリンピックの閉幕とともに、新型コロナウイルスの感染拡大がまたクローズアップされてきた。国内の新規感染者は連日2万人を超え、軽症者や一部の中等症の人は、入院できず、自宅療養を余儀なくされている。
あらためて新型コロナウイルスがもたらした影響や対策について、関連本とともに考えてみたい。
コロナ禍はグローバリズムや自由貿易の問題を明らかにし、パンデミックは不平等を加速させている。米中が激突するなか、日本はどういう選択をしたらいいのか――。
本書「パンデミック以後」が、これからの日本のロードマップを示している。
「パンデミック以後」(エマニュエル・トッド著)朝日新聞出版
コロナ禍にうまく対応した中国の全体主義システム
著者のエマニュエル・トッド氏は、1951年フランス生まれの歴史家、文化人類学者、人口学者。家族制度や識字率、出生率に基づき現代政治や社会を分析し、ソ連崩壊、米国の金融危機、アラブの春、英国のEU(欧州連合)離脱などを予言したことで知られる。
本書は、3人の朝日新聞記者がインタビューし、朝日新聞や「AERA」などに掲載された記事を加筆修正したものだ。
コロナ禍によって、中国の脅威、とりわけ民主主義と自由への脅威がはっきりした、と指摘する。欧米はひどい状態になり、ドイツや日本は社会秩序がしっかりしているので、少しうまく対応できた。
しかし、全体主義の中国がもっともうまく感染を抑えたことで、今回のコロナ禍のような危機をよりうまくコントロールする備えができているのは、全体主義システムの方だということが確認されたというのだ。
さらに、中国への物質的な依存度の大きさに改めて気づかされたという。トッド氏は以前から大国としての中国に批判的だったが、コロナ禍で同じように考える人が増えたと考えている。そして、こう断言する。
「世界は中国を制御するための態勢を整えるべきだという意識を広めるのに、コロナ禍はアクセルになるでしょう」
この前段で、トッド氏は米国のトランプ前大統領は「米国史の中で重要な大統領だった」と評価している。保護主義と反中国を打ち出したからだ。エスタブリッシュメントではない「完全に逸脱した人物」だから、そうしたことを言い出せたとも。
しかし、常軌を逸した姿勢は新型コロナウイルス対策では失敗した。「自分も感染して、最先端の治療を受けて回復すると、ウイルスに立ち向かった超人みたいに振る舞いました。現実を理性的に直視しなければならないときに、なんだか英雄がドラゴンをやっつける中世の物語でも見せつけられるような印象を人々は受けたわけです」。
「世界を代表する「知性」と言われるトッド氏がトランプ氏を、経済政策と外交政策で評価しているのは意外だったが、それは「彼が初めて中国は問題だ」と言ったからであり、「トランプ氏の歴史的な勝利」とまで断言している。そして、国際社会の中で中国は抑え込まなければならず、実際、そういうことになるだろう、と見ている。
人口動態が示す、これからの中国と日本
さまざまな論点で、これからの世界や日本について語っているが、専門の人口動態からの分析が興味深い。まず、中国が世界を支配する国になるとまで思っていないというのだ。中国の優位は一時的なものだと見ている。それは人口動態上の弱みを抱えているからだ。
14億人という巨大な人口を抱えているが、人口動態はものすごい速度で変わりつつあるという。年齢構成が異常で、急速に高齢化している。さらに、高等教育を受ける人はまだ15%くらいだが、14億人の15%だから相当な人数になる。その結果、中国は二つに引き裂かれている。「高い学歴を持つすごい数の人材によって世界レベルで行動する大国でありながら、国内では不均等に苛まれている」。対外的には世界の大国でありながら、対内的には脆弱だ、と指摘している。
人口問題に直面しているのは日本も同じだ。少子高齢化という深刻な問題に見合う取り組みが始まっておらず、まだ高度成長期の若々しい社会のままだという「幻想」に浸っている、というのだ。解決策は経済の中ではなく、家族関係、男女の関係、なかなか進まない女性の解放に根があるという。
「日本が取り組まなければならないのは、教育を受けた女性が仕事もできるし子どもも持てる新しい社会を確立することです」
日本が人口動態危機に対応するには、出生率の上昇と移民の受け入れの両方が必要で、そのどちらかではなく、二つの課題を同時に進めなければならないという。移民を統合するにも子どもも増やさなければならない。
「民主主義国であるためにも、とにかく人口が必要です」というトッド氏の発言に、気分が暗くなった。つい先日紹介した「未来のドリル コロナが見せた日本の弱点」(河合雅司著、講談社現代新書)で、2021年の日本の年間出生数は過去最低の75万人程度まで減る可能性があり、政府の予想よりも18年も早いということが書かれていたからだ。
政府の悲観的なシナリオどおりに進めば、2065年には出生数は約41万6000人と、現在の半分以下になる恐れがある。
米中のどちらにつくかというようなことを考える前に、やるべきことがあるのではないか。コロナ禍が加速させる日本の人口減少。終息したら、安心して女性が子どもを産み、育てることができる社会を早急に再構築することが急務である。
そういう意味でも、先日、千葉県でコロナに感染した妊婦が入院できず、自宅で出産し、子どもが亡くなったという悲しいニュースは、すべての人に大きな衝撃を与えたのではないだろうか。日本が衰亡するかもしれない、予兆として。(渡辺淳悦)
「パンデミック以後」
エマニュエル・トッド著
朝日新聞出版
825円(税込)