新型コロナウイルスが収束しても、新しいウイルスが出現する!【新型コロナウイルスを知る一冊】

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   新型コロナウイルスの感染拡大が進むなか、国内の新規感染者は連日2万人を超え、軽症者や一部の中等症の人は、入院できず、自宅療養を余儀なくされている。止まないコロナ禍にあって、あらためて新型コロナウイルスがもたらした影響や対策について、関連本とともに考えてみたい。

   人類は1980年の天然痘の根絶や、それに続くポリオ、麻疹(はしか)などの根絶計画によって感染症を抑え込んだと楽観していたが、1981年にエイズが出現。さらにエボラ出血熱、SARS(重症急性呼吸器症候群)、新型コロナウイルスなど、最近になって新しく出現(エマージング)または再出現(リエマージング)した感染症が相次いで現れ、対応を迫られている。

   本書「ウイルスの世紀」は、こうした感染症を引き起こす「エマージングウイルス」と人類の物語である。

「ウイルスの世紀」(山内一也著)みすず書房
  • いまだ猛威を振るう新型コロナウイルス(写真提供は、国立感染症研究所)
    いまだ猛威を振るう新型コロナウイルス(写真提供は、国立感染症研究所)
  • いまだ猛威を振るう新型コロナウイルス(写真提供は、国立感染症研究所)

3度エマージングウイルスが出現したコロナウイルス

   著者の山内一也さんは、国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)室長、東京大学医科学研究所教授などを経て、東京大学名誉教授。専門はウイルス学。「ウイルスと人間」「ウイルスの意味論」などの著書がある。

   本書はさまざまなエマージングウイルスの事例を紹介した後、新型コロナウイルスについて検討するという構成になっている。

   1967年、西ドイツのマールブルクとフランクフルトのウイルス研究所職員らがミドリザルから致死的出血熱に感染したマールブルク病のほか、ノネズミと共存しているウイルスが原因のラッサ熱(1969年、西アフリカ)、エボラ出血熱(1976年)、ウエストナイル熱(1999年)などの感染症について経緯を詳しく紹介している。

   山内さんが当時勤務していた国立予防衛生研究所では、麻疹ウイルスとワクチンの研究にアフリカ産のミドリザルを使っていたため、緊張が走った。東京にも500頭が運ばれていたが、幸い日本に輸入されたサルで感染しているものはいなかった。

   さまざまな検査をして検疫後に実験に使っていたが、未知のウイルスに感染する危険性はある。未知の症状を現場の医師が発見し、その原因がエマージングウイルスであることを専門家が確定し、国際機関や政府がいかに迅速に対応することが重要であるか説かれている。

   コロナウイルスのグループからは、2000年以降に3度エマージングウイルスが出現した。コロナウイルスが発見されたのは1937年、アメリカである。ニワトリのヒナの呼吸器疾患として見つかった。

   1950年代にはブタ伝染性胃腸炎ウイルス、ネコ伝染性腹膜炎ウイルス、マウス肝炎ウイルスなどが見つかり、これらは1960年代にヒトの風邪ウイルスにコロナウイルスという名前が付けられた際に、同じコロナウイルスの仲間に入れられた。

   コロナウイルスは4つのグループに分けられるが、元はただ1種のウイルスだったと考えられている。約1万年前にコウモリのウイルスと野鳥のウイルスに分かれ、さらにグループ内で分化したと推定されている。

   現在、そのうちの7種がヒトに感染している。風邪のウイルスである229Eウイルス、NL63ウイルス、OC43ウイルス、HKU1ウイルスのほかに、エマージングウイルスとされるSARS、MERS(中東呼吸器症候群)、COVID-19(新型コロナウイルス)のウイルスである。OC43ウイルスと229Eウイルスが、風邪の原因の10~35%くらいを占めているという。しかし、これらのウイルスは単なる風邪を起こすだけだったので、研究はほとんど行われていなかった。いずれもコウモリから身近な家畜を介してヒトに感染するようになり、ヒトのウイルスになったと考えられている。

コウモリ由来のウイルスが多い

   SARS発生以来、コウモリ由来のコロナウイルスの探索が活発に行われるようになり、中国、ヨーロッパ、アフリカでSARSのようなコロナウイルスが数多く発見されてきた。とくに中国では野性動物を好む伝統的な食習慣があることから、コウモリ由来のウイルスが発生するホットスポットがあることを警告する科学者もいた。

   2016年に中国広東省の農場で子ブタがコロナウイルスで下痢になり大量死した。これが新型コロナウイルスと関連があるらしいという憶測が流れ、「新型コロナウイルス生物兵器説」のきっかけになったことを紹介している。

   英国、米国、オーストラリアの5人のトップクラスのウイルス専門家が連名で、このウイルスは人工物ではなく、明らかに自然の産物であるという見解を、2020年3月に「ネイチャー・メディシン」誌に発表したことにも触れっている。

   新型コロナウイルスについて、さまざまな本を紹介してきたが、本書は著者が実際にウイルスを扱って研究してきた点がユニークである。いかに感染リスクをコントロールして実験室感染を防止するのが重要であるかが説かれている。そのため、バイオハザードの歴史について書いてあるのが異色だ。

   アメリカのCDC(疾病対策センター)のレベル4実験室の詳細が書かれている。世界ででは20か国に50以上のレベル4実験室がある。日本のレベル4実験室は、世界で米英、南アフリカに次ぐ4番目に東京都武蔵村山市に建設されたが、稼働を始めるまで40年近くかかった経緯が書かれている。

   国立予防衛生研究所のレベル4実験室は1980年に完成した。グローブボックス方式で、ウイルスはすべて完全密封のステンレススチールのキャビネットの中に封じ込まれる。ところが、地元が反発し、35年にわたり、レベル4実験室でレベル4のウイルスを用いる実験が許されなかったという。その間、CDCの実験室を使わせてもらった。2015年、西アフリカでエボラ出血熱の大流行が起きていた際、やっと診断や治療目的に限定してレベル4での使用が認められた。

   エマージングウイルスがコウモリなどの野性動物を介して感染することが、本書を通じて力説されている。野性動物の輸入大国だった日本も感染症法の改正などにより、ようやく輸入禁止や届け出制になった。

   野性動物の生息域に人間が入り込む機会が増え、エマージングウイルスの感染が増えた。野性動物が相手だから、根絶することは難しく、「共生」するしかない、と結んでいる。新型コロナウイルスがいずれ収束しても、また新しいエマージングウイルスが出現することが予想されるからだ。ウイルスと人類の戦いは続く。(渡辺淳悦)

「ウイルスの世紀」
山内一也著
みすず書房
2970円

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