2020年3月、新型コロナウィルス感染が世界中に広がり始め、世界は一変しました。欧米ではロックダウンという厳しい外出制限が課され、仕事や学業も「リモート」となり、飲食業や観光業、イベント関連業種は存亡の危機に立たされました。
それでも「ワクチン接種が進めば、元の世界に戻る」。そう信じて世界中の人々は頑張ってきました。
実際、先進国ではある程度ワクチン接種が進み、感染者数、入院患者数、死者数の数字は激減しました。このまま行けば秋にもふつうの生活が戻る、そう考えられていました。
しかし、ここに新しい敵がやってきました。デルタ変異株です。
足をすくわれた投資家
デルタ変異株は、従来のコロナの数倍といわれる強い感染力が特徴です。感染しないと言われていた若年層にも感染するし、これまで大規模なコロナ感染を避けることができていたアジア諸国でも猛威を振るいはじめています。
ニュージーランド(NZ)は感染防止の優等生といわれていた国ですが、つい先日、デルタ株の感染が確認されました。アーダーン首相は「Delta is the Game Changer(デルタ株はゲームチェンジャー)」、つまり、これまでの常識を変える危険なウイルスと危機感を露わにしました。
この影響で、利上げがほぼ確実視されていたNZ準備銀行(BONZ)は2021年8月18日、利上げを見送りました。デルタ感染が理由です。
それでも、多くのエコノミストは、ファイザーやモデルナのワクチンを2回接種していれば、従来のコロナ株ほどではないが、感染リスクをかなり避けることができるので、経済見通しの変更は必要ないと考えていました。
そのエコノミストの甘い見通しが打ち砕かれる事件が起きました。「トヨタショック」です。
8月19日、トヨタは9月の生産台数が半導体不足で4割減となると計画を発表してきたのです。青天の霹靂でした。 半導体不足とはいえ、多くの自動車アナリストは、トヨタはこの半導体不足を抜群の調達力によって乗り切るものと考えていました。しかし、その見通しは甘く、投資家は足をすくわれた格好となりました。
トヨタだけではなく、日産やフォルクスワーゲンと言った会社も、半導体不足で減産を余儀なくされそうです。
アジア各国は欧米に比べて、コロナ感染に対しより厳しい行動制限をとる傾向がありますが、デルタ株の脅威に対抗するための操業停止が、グローバル・サプライチェーンに大きな影響を及ぼすことになります。
豪ドルに潜むダウンサイドリスク
ワクチン接種でかつてと同じような生活が戻り、レストランでの食事のみならず、海外旅行にも行けるようになる......。各金融機関のエコノミストは、その前提で経済成長の見通しを出していましたが、サプライチェーンへの影響を考慮し、米ゴールドマン・サックスは今年(2021年)の米国の経済成長を7%から6%に下方修正しました。おそらく、他のエコノミストも追従するでしょう。
そうなると、これからFRB(米連邦準備制度理事会)は超金融緩和策をやめて、テーパリング(量的緩和の段階的縮小)を始めることになるのですが(先日の米連邦公開市場委員会〈FOMC〉議事録から、今年12月と市場では想定されています)、想定以上に経済成長が下押しされた場合、その前提も崩れかねないことになります。
ニュージーランドの利上げ路線は、目先頓挫しました。米国のテーパリングも同じ運命をたどる可能性があります。金融市場のさまざまな前提が修正を迫られると、果たしてドルは現状レベルで良いのか、オーストラリア(豪)ドルはもっと売られないといけないのではないかとか、さまざまな修正を強いられることになりそうです。
金融市場はデルタ株の出現で大きく前提が変わりました。古い常識に囚われず、環境の変化に素早く対応できるようにしたいものです。
具体的には、豪ドル/米ドルや豪ドル/円はまだダウンサイドリスクがあるでしょう。注意したいところです。(志摩力男)