菅内閣は「コロナ連動政権」 政治学者と政治記者が失敗の理由を追及した【新型コロナウイルスを知る一冊】

糖の吸収を抑える、腸の環境を整える富士フイルムのサプリ!

   東京オリンピックの閉幕とともに、新型コロナウイルスの感染拡大がまたクローズアップされてきた。国内の新規感染者は連日1万人を超え、軽症者や一部の中等症の人は、入院できず、自宅療養を余儀なくされている。

   あらためて新型コロナウイルスがもたらした影響や対策について、関連本とともに考えてみたい。

   菅義偉首相は2021年8月17日、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言の対象地域に、20日から茨城など7府県を追加することと、宣言の9月12日までの延長を決めた。有効なコロナ対策を打ち出すことのできない政治への不信が国民の間に広がりつつある。

   本書「日本政治 コロナ敗戦の研究」は、長年日本の政治を見つめてきた政治学者と政治記者が、なぜ、コロナ対応で失敗を重ねるのかを語り合った対談集である。

「日本政治 コロナ敗戦の研究」(御厨貴・芹川洋一著)日本経済新聞出版
  • 「菅義偉内閣の政策は『小さな政治』ばかり」
    「菅義偉内閣の政策は『小さな政治』ばかり」
  • 「菅義偉内閣の政策は『小さな政治』ばかり」

安倍政権は「コロナで金縛り内閣」

   本書で対談したのは、東京大学先端科学技術研究センターフェローの御厨貴さんと、日本経済新聞論説フェローの芹川洋一さん。対談といってもコロナ禍なので、オンラインで行われた。

   「第1章 コロナが変えた日本政治」と「第2章 安倍政治がもたらしたもの」では、盤石だと思われていた安倍政権がコロナ対応に失敗し、あっけなく退陣した経緯を振り返っている。

   御厨さんは、こう指摘する。

「こういう新しい問題が発生すると、『誰かに球を投げ、任せて政府の体制をつくって対処する』というのが従来の安倍さんのやり方でしたが、コロナにだけはついに積極的な対応をしないまま終わったというイメージです。唯一、積極的に対応したのは小・中高校の臨時休校です。あれだけは突然決断して評判も悪かった。都道府県知事から『なぜ、それだけやるんだ』と言われました」
「つまり安倍さん自身が、日本を侵略してきたウイルスにどう対応していいかというマニュアルをまったく持っていなかった。しかもほかの国では、首相や大統領などトップリーダーが全面的にコロナ対策をしているなかで、安倍さんはずっと手をこまねいていたのは間違いありません」

   このため、「国はだめだ、とにかく地方がやらなければいけない」というムードが生まれ、各都道府県知事の存在感が増したという。芹川さんは、それに対してGo To トラベルで国が逆襲に出た。2020年前半は、オーバーに言えば、明治以来の国と地方の権力関係の変化が見えた、と指摘する。

   国が見通しを示せなかった。御厨さんは「コロナで金縛り内閣」と呼んでいる。

「屁理屈でも何でも言いながら、というのが安倍政権の得意とするところだったのに、その屁理屈すら出なかった。これが敗北の原因です」

菅首相の行動パターンは「中小企業の経営者」

   「第3章 菅政治とは何か」で、いよいよ菅政権の評価に移る。御厨さんは「思想とイデオロギーよりも、ウルトラリアリズム」の人、行動パターンは「中小企業の経営者」と厳しい。芹川さんも「国家は中小企業ではありません」と受け、菅首相のリーダーとしての資質を御厨さんに尋ねている。「国家があって、それにどう政治家が貢献していくのかという発想は、残念ながら彼はおそらく一度も勉強してこなかった」と言い、小選挙区制の弊害があると見ている。

   芹川さんは菅内閣を「コロナ連動政権」と呼んでいる。コロナの患者数が減ってくると支持率の低下が止まるからだ。支持率と感染者数が逆相関にある。「ワクチンでホップ、オリンピックでステップ、解散総選挙でジャンプというものですが、その前にズドンという感じもなくはないですね」と言い、御厨さんも「その前にズドンの可能性も高いわけです」と応じている。しかし、菅さんのあとがない状態だから支えられていると見ている。

   菅内閣の政策についても二人の評価は厳しい。携帯電話料金の値下げ、不妊治療の保険適用、デジタル庁創設とか、「小さな政治」ばかりだ、と芹川さんが指摘すると、「地方政治のレベルであればいいと思うのだけれど、国でやってどうするのかな」と御厨さん。

「成果なら、まずコロナ対策で見せてくれ」と国民が思っているのに、それが言えなかった。菅さんの頭のなかにはコロナよりも『Go To トラベル』があったわけです。これが国民に喜ばれるはずだ、なぜならば経済が大事だから......これに固執しすぎました」

   菅内閣についての記述を中心に紹介したが、本書では明治、戦前、戦後の政治の流れを随所で押さえている。そのうえで、コロナで日本政治の弱点が見えてきた、と芹川さんがまとめている。

   危機への対応力の弱さ、厚労省を動かせなかった官邸、整理されていない国と地方の関係、議論のない国会、劣化した野党と政党政治、国民に訓令して説得できる言葉を持たない貧困な政治家......。

   最後の御厨さんの言葉に、政治学者の知恵を感じた。

「日本をそんなに悪い国だと思う必要はありません。だらしない国だとは思うけれど、最低のところにはいません。ちょっとは頑張っている。さらにもうちょっと頑張りましょう、という程度で私はいいのではないかと思います。あまり大きなことを考えるとまた別の強制力が働いて、いいことなんかありませんから」

   長年、日本の政治史を研究し、保守政治を見続けてきた人ならではの含蓄ある言葉だと思った。(渡辺淳悦)

「日本政治 コロナ敗戦の研究」
御厨貴・芹川洋一著
日本経済新聞出版
1760円(税込)

姉妹サイト