新型コロナウイルスが大爆発するなか、ついに感染した妊婦が、入院先が見つからないまま自宅で出産、新生児が亡くなるという痛ましい事故が起こった。
医療先進国ではあり得ない悲劇がいつまで続くのか。なぜ、日本では欧米やアジア諸国が行っているような「野戦病院」方式の非常時の医療体制ができないのだろうか。
菅義偉首相は「酸素ステーション」をあちこちにつくると、ガソリンスタンドのような対策を発表したが、医療の専門家は「どれだけ苦しいか、あなたがやってみれば」と呆れている。
福井県に「野戦病院」ができて、なぜ東京都にできない?
新型コロナウイルスの患者をめぐっては、「原則として自宅療養者は出さない」と宣言をしている頼もしい知事がいる。福井県の杉本達治知事だ。
福井県ではあふれかえった患者用に福井市の体育館を使って、さながら「野戦病院」のように軽症者向けに臨時病床を100床追加設置。この臨時病床には医師や看護師らが常駐し、常に患者らが急変しないように見張って、何かあったら即座に動けるような体制になっている。
テレビ朝日の報道ステーション(8月10日付)「『最後の砦』野戦病院を整備」が、こう伝える。
「医療従事者の確保が難しく、簡単には宿泊療養先を増やせないといいます。こうしたなか、先手を打った自治体もあります。福井県は、福井市内の体育館に100床を設置。地元医師会と連携して医療チームも確保しました。海外のような、いわゆる『野戦病院』を整備し、重症化リスクの低い軽症者を対象にした臨時施設にする考えです。
福井県担当者:『一つのフロアーにベッドを並べるので、容体の急変にも気づきやすい。医療従事者もホテル療養よりも少ない人数で対応できます。臨時施設は最後の砦です。できれば使いたくない。ただ、病床がなくなってしまった時でも〈あと100床残っている〉という安心感を県民に提供したい』」
福井県の杉本達治知事は、すでに今年6月に感染拡大に備え、この「野戦病院」のために5000万円の補正予算を組んでいた。県医師会や看護協会と打ち合わせを繰り返し、やっと8月2日から受け入れ可能の状態にした。8月1日時点での病床占有率は49.3%(150人)で5割超が目前だったが、2日は「野戦病院」の臨時病床(100床)の設置と宿泊療養施設の活用で39.1%(158床)まで抑えこみ、自宅療養者ゼロを続けている。間に合ったわけだ。
テレビ朝日が続ける。
「今回、福井県が参考にしたのが、去年(2020年)、日本財団が都内の体育館につくった(野戦病院方式の臨時医療)施設です。ただ、当時は病床に余裕があったことなどから、一度も使われず、現在は、(東京パラリンピックの)パラアスリートの練習施設になっています」
幻に終わった2つの巨大な「野戦病院」構想
日本財団の「野戦病院」施設とは、2020年7月、東京都品川区(お台場)の「船の科学館」駐車場横に作られた「日本財団災害危機サポートセンター」のことだ。震災時の避難所(計140室のワンルーム)としても活用できるほか、新型コロナウイルスの療養施設として、巨大体育館に段ボールの壁で仕切られた100床の臨時医療機関も作った=写真参照。
しかし、新型コロナ対策としては一度も使われることがないまま壊されて、今年4月からパラリンピック代表選手たちの練習施設に代わってしまった。
このように、日の目を見なかった大きな「野戦病院」がほかにもある。千葉市の幕張メッセで計画されていた1000床もある臨時病院だ。
産経新聞(8月18日付)のコラム「正論:新型コロナ対応、全体戦略持て」の中で、日本医科大学の松本尚・特任教授(救急医学)が、「野戦病院」を作ろうとした経緯を、こう書いている。
「昨年4~6月にかけて千葉県では幕張メッセに最大1000床の臨時病院を設置する計画を進めた。医師や看護師はどうするかの批判もあったが、筆者は県内の医療機関から薄く広く集めることで、医療機関側の負担を軽減し、通常医療への影響を最小限にできると考えている。
第1波の収束によってこの計画が実施されることはなかったが、『臨時医療施設に関する検討報告書』がまとめられた。第5波が明らかになる前の数理モデルによる推測では、東京都の感染者が1日1万人を超えるとされていた。せっかくの計画をお蔵入りにしたこと、準備期間を台無しにしたこと、対応策を導き出すことの数理モデルを生かせなかったことは、想像力の欠如に起因する危機管理意識の甘さの問題である」
そして、松本教授は行き当たりばったりの菅政権の対応をこう批判している。
「臨機応変に、刻々と変化する状況に合わせつつ非常時には非常時の対応を学ばなければならない」
それにしても、なぜ福井県でできることが、政府や東京都にできないのか――。東京では特に、東京五輪で使われた選手村の膨大な住居や施設が残っているのだから、「野戦病院」に活用すべきではないかという議論がある。
実際、8月17日に緊急事態宣言の拡大を決めた際の、菅義偉首相の記者会見で「選手村を野戦病院に使う考えはないのか」と質問が出た。菅首相は、
「(選手村の)分譲マンションのうち相当数は販売済みだと聞いている。今後の活用法は東京都や所有者である民間事業者の間で決められると聞いている」
として、東京都に下駄を預けた形で、「野戦病院」そのものを作ろうという熱意がないことを示した。
東京都の理解不能の言い訳「豊富な医療資源がある」
また、小池百合子都知事も8月20日現在、「野戦病院」に対する考えを公に明らかにしていない。
ただ、日刊ゲンダイ(8月19日付)「日本医師会会長も提案『野戦病院』なぜ設置しない? 東京都からの返答は『意味不明』だった」によると、東京都福祉保健局感染症対策部の担当者は日刊ゲンダイ記者の質問に対して、こう答えたという。
「東京都には豊富な医療資源があります。役割分担をして、必要な施設を整備しながら体制をつくってきました。宿泊療養施設での抗体カクテル療法をできるようにしたり、酸素ステーションの整備も進めたりしています。いわゆる野戦病院のように患者を1か所に集めてオペレーションするのが効率的との考え方があるのは承知しています。しかし、医療資源があるのに、わざわざ、医療的に環境の悪い体育館に臨時病床をつくる必要性はありません。検討する予定もありません」
と、にべもない回答だったのだ。
理解に苦しむ発言だ。「豊富な医療資源がある」というなら、なぜ8月19日現在、東京都だけで自宅療養者が2万4172人、入院調整中の者が1万2669人もおり、合計3万6841人が治療を受けられない状態なのか。そしてなぜ、東京都だけで自宅療養中に死亡する人が、8月に入ってから7人(8月19日現在)も出ているのか。
菅首相や東京都が「野戦病院」をつくるより、各地に「酸素ステーション」を設置することに力点を置いているのは確かだ。菅首相は8月17日の記者会見でもこう述べている。
「(自宅療養者が)医療機関と連絡が取れるような体制を強化し、酸素ステーションなど酸素の投与ができる体制を各地に構築していく」
一方、東京都も17日、渋谷区の旧国立児童館「こどもの城」に酸素ステーションを開設すると明らかにした。130床の運用を予定、医師が往診し、看護師が常駐するという。
(福田和郎)