脱炭素社会の実現に向けて、産業界の動きが活発だ。大手企業などを中心に、「脱炭素」を取り入れた経営方針や事業活動が進み、さらに中小企業にも求められる段階になってきた。
待ったなしの気候変動問題の解決に向けて、日本は2050年までに二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを標榜する。ただ、道のりは厳しく、大きな変革が求められる。
日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)共同代表で株式会社LIXIL環境推進部リーダーの川上敏弘さんは、その変革を「次世代の産業革命」だと言う。取り組みの遅れは世界から日本が取り残されることを意味し、収益機会の損失につながる。
危機感を持つ企業が増えるなか、いま、なぜ「脱炭素経営」が求められ、脱炭素に向き合わなくてはならないのか。世界や国内の動向、自社での取り組み方のヒントについて、聞いた。
グローバル企業のトップはいち早く、「脱炭素経営」に動く
―― 世界で進む「脱炭素」の動きについて教えてください。
川上敏弘さん「いま、世界規模で気候変動が進行しています。人間の経済活動に起因する気候変動によって、地球温暖化をはじめ、台風や大雨、洪水といった自然災害が多発しているのは、みなさんも肌で感じていることだと思います。
このような地球環境の変化は、国の政策を変えると共に、投資家の動向、企業の行動にも影響を及ぼしています。世界が脱炭素に向かう大きなきっかけとなったのが、2015年にフランス・パリで開催された『第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)』で採択された『パリ協定』でした」
――パリ協定では、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度未満(できるだけ1.5度未満)に抑えることが、求められています。川上さんもCOP21を視察されました。
川上さん「JCLPの海外視察の一環で参加して、現地ではさまざまな関連イベントに参加しました。驚いたのは、欧米のグローバル企業がCEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)ら、経営の舵取りを担うトップ自らが登壇していたことです。パリ協定後の社会変化をいちはやく予見して、自社の事業をどう変えていくか、どのようにビジネスの機会を獲得するか、その戦略を自らの言葉で語っていました」
――グローバル企業のトップが自ら集まり、「脱炭素社会」に向けて意見交換するというのはスゴイですね。欧米企業の意識の高さがうかがえます。
川上さん「ええ。気候変動は企業の経営戦略に大きく影響することだ、という理解があったのです。たしかに社会が脱炭素に向かう変化とは、言い換えれば、化石燃料を使用しないことを前提とする社会になっていく変化を意味します。多くの企業にとって、事業のあり方が根底から変わっていく。まさに次世代への『産業革命』といってもよい変化かもしれません。これには衝撃を受けました。帰国後、LIXILでは脱炭素に向けた目標設定を急ぎました」
2020年、日本でも「脱炭素」の動き活発に
電気自動車(EV)をはじめとする電動車の普及が進む
―― パリ協定の運用が本格化した昨年(2020年)、菅義偉総理大臣も2050年までに「脱炭素社会の実現をめざす」と発信し、脱炭素への関心は高まっています。日本の産業界ではいま、どんな動きがありますか。
川上さん「JCLP加盟企業の皆さんと対話していると、明確に日本にも『脱炭素』『脱炭素経営』の波が本格的に来ていると感じています。
一例として、あるスマートフォンメーカーは、商品に必要な部品の供給元であるサプライヤーに、100%再生可能エネルギー(再エネ100%)で製造することへの協力を求めてきましたが、昨年には『努力目標ではない』と明確な意思表示があり、サプライヤーと協力して再生可能エネルギーの確保にも取り組んでいます。
自動車業界も、電気自動車(EV)をはじめとする電動車の普及を急いでいます。それに関連する話でいえば、自動車部材を供給するあるメーカーは、部材の製造から廃棄までの過程で発生するCO2排出量を公開して、話題になりました。
こうした動きをみると、近い将来、サプライチェーン全体、そして商品のライフサイクルを通じたCO2排出量の削減が求められるようになるでしょう。企業は脱炭素を前提とした活動、つまり、事業運営の舵取りに脱炭素の考え方を盛り込んだ『脱炭素経営』が求められる段階になってきているといえるのではないでしょうか」
日本気候リーダーズ・パートナーシップの公式サイト
―― 「脱炭素経営」を考えるうえでのポイントは、どんなことでしょう。
川上さん「事例として、LIXILでの取り組みを紹介します。先ほど触れた2015年のCOP21の視察で、グローバル企業のトップが脱炭素を前提とした経営に舵を切ろうとする姿を目の当たりにして、危機感を持ちました。事業の脱炭素化に取り組まないことはリスクになりますが、反対に、変化する社会や市場に素早く対応することで大きなビジネスチャンスにもなり得ます。
LIXILでは、まずは脱炭素に向けた環境ビジョンをまとめ、事業活動や社内活動に落とし込んでいきました。
住まいと暮らしに関わる事業を展開する私たちは、窓やドアなどの建材商品、トイレや水栓金具などの水回り商品といった、お客さまのもとで長く使っていただく商品を取り扱っています。そのため、お客さまに使用いただく長期に渡って、エネルギー消費にともなうCO2排出量を減らせる商品・サービスの開発を進めています。たとえば、窓やドアなど建物の開口部の断熱性能向上による暖冷房負荷の削減や、節水型商品やタッチレス水栓による給湯負荷の削減など、弊社の技術で貢献できる部分は大きいと思います」
注目度が高いのは、太陽光発電、風力発電、電気自動車関連
―― 自社の技術を通じて脱炭素に貢献できればベストですが、一方で直接貢献ができない会社はどうすればよいでしょうか。
川上さん「それぞれの企業の特徴に応じた環境貢献の姿があると思いますが、共通的な取り組みとしては再生可能エネルギー(再エネ)の活用が考えられます。自社の敷地内で太陽光発を行うオンサイト発電、再エネで発電された電力であることを示す『電力証書』の利用などです。LIXILも、事業で使う電力を再エネ100%とする国際イニシアチブ『RE100』に参加し、再エネの導入を拡大しています。
企業活動で使う電力を再エネに置き換えたら、かなりのCO2排出量の削減につながります。最近では、さまざまな再エネの選択肢も増えましたが、さらに再エネが普及し、誰もが普通に選択できる社会となるよう、JCLPも積極的に活動していきたいと思います」
再エネ利用への期待度は高い
――環境技術を有する企業が、RX Japanが主催する展示会「脱炭素経営 EXPO」(秋展が2021年9月29日~10月1日、東京ビッグサイト青海展示棟で開催)に出展。脱炭素に関心を持ち、技術や商品を活用したい企業の担当者も多く来場し、接点ができる場となります。
川上さん「世界的にみて、とくに太陽光発電、風力発電、電気自動車(EV)、ヒートポンプの分野は、すでにマーケット普及期である、ととらえられています。そのため、脱炭素経営 EXPOでも、これら技術や関連商品は注目度が高いのではないでしょうか。
気候危機の回避は、2030年までの私たちの行動にかかっているといわれています。足元でマーケット普及期にある技術をいかに経済合理的に普及させ活用するか。また、実証や試作段階にある技術をどう実用化していくか。意見交換や商談、企業同士の連携を模索する場として、脱炭素経営 EXPOが、その名の通りの役割を果たしていただくことを期待しています」
脱炭素経営 EXPOの魅力は、製品を実際に見て比較検討できる。直接説明が聞ける。知らなかった企業・技術に出会える。
―― 最後に、多くの企業が「脱炭素」「脱炭素経営」に取り組めば、どんな未来が拓けていきますか?
川上さん「JCLP加盟社でいま関心事となっているのは、約10年先の2030年にはどうありたいか、どうすべきかというテーマです。『10年後』というと、時間があるようで、ありません。どのような目標を設定して、成し遂げていくか、真剣な対応が迫られているのです。事業を成長させることと、脱炭素を推し進めること、この両立は時に難しい局面もあるかもしれません。それでも、脱炭素にJCLP加盟社が真剣に取り組んでいる理由は、自社の本業を通じて地球環境や社会に貢献したいと考えているからです。私たちの世代から子供たちや孫の世代へと、この地球を引き継ぐにあたり、しっかりと責任を果たしていくことが私たちの使命だと信じています」
「脱炭素経営 EXPO」秋展では、共同出展を含め、480社ほどが出展する見込み。また、脱炭素の潮流や先進事例などを企業のトップらが語るセミナーも実施。川上さんも「特別講演」に登壇する予定だ。川上さんほか各公演の詳細は、下記のボタンから。
プロフィール
川上 敏弘(かわかみ・としひろ)
日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)共同代表
株式会社LIXIL 環境推進部 リーダー
1988年、株式会社INAXに入社、IT部門、人事部門に在籍。2011年、株式会社LIXIL発足後は、人事部門、CSR環境推進部 部長を経て、現職は株式会社LIXIL 環境推進部長。グループの環境戦略立案と推進機能の統括を担う。
日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)
脱炭素社会への移行をビジネス視点でとらえる日本独自の企業グループ。危機意識を共有した企業が参加。正会員31社、賛助会員164社(2021年8月現在)。自社の脱炭素化、社会へのソリューションの提供、そして政策提言を主な柱として活動。RE100・EP100・EV100の日本地域パートナーとして、日本窓口も担当する。
公式サイトはこちら。