ミャンマーで2021年2月に起きた国軍によるクーデターから半年が過ぎた。現地では激しい衝突の頻度は減ったものの、世情の不安定さは変わらず、日本から進出していた企業は難しい対応を迫られている。
特に民衆を弾圧する国軍と関係する企業とのビジネスは、世界の主流となりつつあるESG(環境・社会・企業統治)を重視する投資から敬遠され、企業の海外展開を巡るリスクを改めて思い知らされることになった。
キリンHD、ビール合弁の解消では済まされない事情......
飲料大手のキリンホールディングス(HD)は2021年12月期の連結最終利益の予想について8月10日、従来の1030億円から865億円に下方修正した。主因はミャンマー事業だ。キリンHDは国軍系企業のミャンマー・エコノミック・ホールディングスと合弁を組み、現地でビール会社「ミャンマー・ブルワリー」を経営しており、同社は政変前には国内シェア8割を占めていた。
キリンHDは、ミャンマーの政情変化による生産・販売、物流体制への影響に加え、現地では新型コロナウイルスの感染拡大が2021年下半期にも継続すると見込まれるため、下方修正したと説明する。
現地からの報道では、ミャンマー・ブルワリーの売り上げ減少の要因は、国軍に反発する民衆の不買運動によるもので、代わりに隣国タイのメーカーが生産するビールの販売が増えているという。合弁会社の販売は前年同期と比べて8~9割も減少したとする報道もある。
クーデターの勃発を受けて、合弁会社の株式の51%を保有するキリンHDは、国軍系企業に対して合弁解消を早々と申し入れた。民衆を弾圧する国軍と関係が深い企業と手を組んだままでは、ESG投資の観点からは完全にアウトだ。
キリンHD株を保有するノルウェー政府系ファンドも懸念を示した。これまでも国軍による少数民族ロヒンギャ迫害が問題視されていたが、クーデターで決定的になった。
ただ、合弁解消をするとしても、その過程で国軍系企業に資金が入ることになれば、キリンHDは、さらに国際社会から批判を浴びる可能性もあり、身動きを取りにくい状況でもある。
「最後のフロンティア」のはずが......
2011年に民政移管したミャンマーは「最後のフロンティア」とも呼ばれ、日本勢をはじめとする外資がこの10年間で次々と進出した。キリンHDがシンガポール企業からミャンマー・ブルワリーの株式を取得したのも2015年だった。特に日系企業が積極的だった背景には、周辺国との関係を深める中国を念頭に置き、ミャンマー進出を後押ししていた日本政府の意向があったとの見方もある。
このうち、日系の自動車メーカーでは、シェア首位のスズキは現地工場の増設部分を2021年9月に稼働する予定で、トヨタ自動車も現地に新設した工場を2月から稼働する計画だったが、いずれもクーデターの余波で滞っている。
また、ゼネコン大手の鹿島建設も最大都市のヤンゴンで再開発事業を進めていたが、中断を余儀なくされた。軍政が長く続いたミャンマーでは、現地の有力企業のほとんどが国軍と何らかの関係があるとされる。
こうした特有の事情が今回のクーデターで、進出企業には裏目に出た。国軍が統治体制を固めていく中で、現地で事業を展開する日本企業は対応を問われている。(ジャーナリスト 白井俊郎)