「東京五輪の盛り上がりを政権浮揚に」と目論んだ菅義偉政権だが、新型コロナウイルスの感染拡大で支持率は下がる一方だ。
そんな八方塞がりの状況を打破する数少ない武器の一つが、2021年9月1日に発足するデジタル庁だが、早くも雲行きが怪しい状況だ。
問題は米MTIメディアラボ所長を退いた経緯
デジタル庁は、国全体のデジタル化という菅首相肝煎りの看板政策の司令塔と位置付けられる。2021年5月12日にデジタル改革関連6法案が成立。これまでの政府のデジタル戦略は、内閣官房IT総合戦略室が所管してきたが、デジタル化の推進には府省間の縦割り打破が不可欠としてデジタル庁に一本化することになった。
特にマイナンバーの所管は、総務省や内閣府からデジタル庁に一元化し、22度末にはほぼ全国民にマイナンバーカードを行き渡らせることなどを目指す。
このデジタル庁の事務方トップとなる「デジタル監」に、米マサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボの元所長、伊藤穣一氏を据える方針を固めたと、テレビ朝日など報道各社が8月5日、一斉に報じた。
MITといえば多数のノーベル賞受賞者を輩出した米国きっての名門工科大学。伊藤氏はIT企業社長などを経て2011年、デジタル技術の研究を進めるMITメディアラボの所長に日本人として初めて就任した。
多数のIT企業の創設に携わり、海外の有力企業の経営にも関与するなど華々しい経歴を持つ伊藤氏だが、問題はメディアラボの所長を退いた経緯だ。
米国の富豪で、少女らへの性的虐待などの罪で起訴されたジェフリー・エプスタイン元被告(拘留中に死亡)という人物がいるが、伊藤氏はメディアラボ所長時代、エプスタイン元被告から多額の資金援助を受けていたことが判明。さらに、自身が関わる投資ファンドも資金を受けていたことが明らかになり、激しい批判にさらされた。
伊藤氏は謝罪文を発表する一方、当初は辞任を否定していた。しかし、米メディアが「伊藤氏がエプスタイン被告からの資金援助を匿名化しようとしていた」と証拠入りで報じるなど問題が拡大。19年9月に辞任に追い込まれた。
政府内の根回し「不十分」でなお曲折か
デジタル庁は従来の霞が関の官公庁と異なり、IT業界などから多数の民間人を職員として採用を始めている。霞が関からの出向組を含め約500人の大所帯を束ねる「デジタル監」は、まさに組織の命運を左右する重責だ。
平井卓也デジタル改革担当相は早くから民間から起用する方針を明らかにし、6月にはデジタル監の候補について「意中の人はいる」と明言。「グローバルな視点を持つ」などを採用条件として挙げるなど、盛んにアピールしていた。
しかし、デジタル庁の発足が間近に迫ってもデジタル監人事は明らかにされず、霞が関では人選の難航もささやかれていた。発足まで1か月を切り、ようやく伊藤氏の名が出てきた形だが、インターネット上の評判は散々だ。
「最悪の人事」
「日本はやっぱり児童ポルノやらに寛容なんだな,とならないかな?」
「自ら地雷を埋めて踏み抜くつもりか」
ネット上には伊藤氏とエプスタイン元被告の関係を問題視する意見があふれ、伊藤氏の起用が政権にとって新たな火ダネになりかねないと懸念する声も強い。
伊藤氏の起用をめぐっては、政府内で「十分な根回しがされているとはいえず、報道で内容を知った政府関係者も少なくない」との声もある。
伊藤氏への批判が強まれば、菅政権が起死回生をかけるデジタル庁そのものへの評判を落としかねない。伊藤デジタル監の誕生には、なお曲折がありそうだ。(ジャーナリスト 白井俊郎)