五輪競技会場で黒字が見込めるのは一つだけ
ところで、東京五輪は幕を閉じたが、公金を投じて建設された国立競技場など多くの競技会場の今後の運営が課題になっている。ほとんどが赤字になると見られているからだ。日本経済新聞(8月10日付)「五輪後の会場、収支課題 競技会誘致難しく、黒字1か所のみ」によると、
「都の試算で唯一、黒字を見込むのはコンサート会場などに活用できる(バレーボールをやった)有明アリーナのみ。(競泳・飛び込みをやった)東京アクアティクスセンターは年間約6億4000万円、(カヌーをやった)カヌー・スラロームセンターは年間約1億9000万円の赤字を見込む」
といったありさまだ。
開閉会式を行った国立競技場に至っては、維持管理費だけで年間24億円もかかるため、大会後は運営権を民間に売却する方針だが、まだ何も決まっていない。
こうした東京五輪後に残された「負の遺産(レガシー)」である巨額な赤字はどうしたらよいのだろうか。毎日新聞(8月8日付)「東京五輪後の『巨額赤字』誰がどう返済していくのか」は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト、熊野英生氏にインタビュー、対応策を聞いている。
熊野英生氏は、
「大会収支計画はコロナ禍で大きく狂ったからこそ、負の遺産をそのままにしないように、穴埋めの説明責任を果たすべきだ」
として、こう主張する。
「東京都には、2017年4月に発表した五輪のレガシー効果の試算がある。総費用1兆6440億円(第5版)に対して、12兆2397億円のプラスのレガシー効果が見込めるという試算だ。選手村の跡地利用・交通インフラ整備による街づくりで2兆2572億円、観光需要拡大など経済活性化・最先端技術活用で9兆1666億円などとなっている。このレガシー効果は、今となっては過大評価と言わざるを得ない」
と指摘する。
観光需要は回復のめどが立たず、ビジネス拠点の形成も期待できない。五輪開催を期に東京が国際観光都市として飛躍する成長ビジョンがあったが、ビジョン自体が成り立たなくなった。そこで、熊野英生氏はコロナ禍の今のうちから構想を練っておくほうがよいとして、こう提案する。
「たとえば、アフターコロナでは賃料の高い東京都心のオフィスを引き払い、東京以外に本社を構えようという動きがある。個人でもテレワークを主体に働き、地方移住を考える人もいる。アフターコロナは東京の成長にとって逆風になる可能性が高いからこそ、早期の準備が求められる。
企業の東京離脱によって、オフィス需要の減退が起きることに対して、外資系企業を誘致する優遇策を検討する手はある。政府の対日直接投資の拡大策と連動して、海外企業の誘致に成功すれば、税収が増えて、東京の定住者も増加する」
というわけだ。
また、観光対策としてこんなアイデアも提案する。
「コロナ禍では医療体制の不足も問題になったが、東京都や政府が、医療ツーリズムに乗り出せば、医療従事者の裾野は広がる。長期滞在の外国人が増えれば、インバウンド需要拡大にも効果がある」
また、東京五輪の「プラスのレガシー」も活用すべきだとした。
「五輪を前に水素バスなど環境配慮の自動車が普及したことは、五輪に伴う先端技術活用の事例であった。今後はこれをもっと大胆に進めて、電気自動車(EV)の普及に東京都が目標を設定し、それを通じて大気汚染を減らす。これらは、居住者の都心回帰を促す効果がある。東京に自然が戻ってきて、やはり東京に住みたいという人が増えれば、地価下落に歯止めをかける効果もある」
そして、こう結んでいる。
「いま日本は、国全体として大きな債務問題を抱えている。東京五輪が残す巨大な赤字を、この先の東京の経済発展でどう解消していくかという対応と、では日本全体は債務問題にどう向き合っていくかという課題は、筆者には二重写しになって見える。ともに問題を解決するには、経済発展によって債務負担を小さくする以外の選択肢はない。だからこそ、東京都と政府が五輪後に大会収支の赤字にどう向き合っていくかを見極めていきたい」
(福田和郎)