「疲れる。全員敵に見える」
2年間の育休明けの女性が、職場の気の置けない同期にそう愚痴をこぼした。すると、その同期は、
「フォローしてもらってきたのに、そういう言い方はないよ」
とキツクたしなめた。
女性はショックを受けた。
「育休から帰ってきて悩んでいるのに、軽い愚痴も許されないのか」
という嘆きの投稿が大炎上している。
「トンデモない爆弾発言」「完全にアウト」という批判が殺到している。専門家に話を聞いた。
「愚痴を超えて完全にアウト。恩を仇で返す言葉」
話題になっているのは女性向けサイト「発言小町」(2021年4月18日付)に載った「育休明けましたが、同僚を怒らせたようです」
というタイトルの投稿だ。
「30代正社員です。10年勤めた職場で2年育休をとり、復帰しました。2年間に職場のメンバーも変わり、よく知らない方ばかり。今の業務に就いてすぐ妊娠したので、半年ほどしか経験がなく仕事も1からで新人のような状況です。隣の部署に同期がいるので、『疲れるし全員敵に見える』というような軽い愚痴を言ったつもりが、『フォローしてもらっていたのだから、そういう考え方はやめたほうがよいよ』ときつめに言われてしまいました」
気を許している同期だから少し弱音を吐いただけだったのに......。職場では同僚も、新メンバーも独身や子どもがいない人ばかりで、同じ立場のワーママがいない。
「本音や愚痴を言うこともできなくてつらい」
と嘆くのだった。
この投稿には、圧倒的に多くの人が「全員敵に見える」という言葉を、「爆弾発言」「完全にアウト」「ありえない問題発言」と厳しく批判した。
「『敵』という言葉がよくなかったと思います。同僚さんはあなたのためにいろいろフォローしてくれたのかもしれませんよ。あなたは休んでいたけど、同期さんはそのメンバーと会社で仕事をしていたのです。今はどちらに信頼を置いているか、わかりますよね。人間関係は鏡だといいます。あなたがその気持ちだと、相手も敵として接してくると思います」
「これは愚痴を超えて完全にアウト。そのうえ、あなたはこれを〈軽い〉と言っている。同期さんがいうことは至極まっとうです。あなた、お子さんのママ友さんの世界でも言葉遣いには気を付けて。会社でやらかしたようなことをまたすると、お子さんともども孤立しますよ」
「恩を仇で返す行為や言葉は絶対にダメですよ。産休も育休も当然よいと思うし、半年しか勤務してないことも仕方ないことです。しかし、やはり謙虚に感謝すべきです。同僚も新メンバーも独身や子どもがいない...ってところがマウントぎみじゃないですか。そこ職場であってママ友サークルじゃありません。産休育休を何か履き違えていませんか」
「同期さんがいい人でよかったね。私ならそっかあ、うんうんって聞いてあげた後、あなたの部署の誰かにチクります。あり得ませんよねって。私みたいに性格悪い奴がいるのだから、本音と建前は使い分けなきゃダメ。周りには感謝して下さい。感謝しているフリでもいいのだから」
なかには「ちょっと気持ちがわかる」「頑張って」という応援エールも、少し寄せられた。
「育休後の復帰、肩身狭いですよね。私は1年で復帰したけど、お菓子配ったり、挨拶したり、いろいろと気を遣いました。10年も勤めて会社に貢献してきたのだから、愚痴くらい言いたいですよね。でもね、社外の友人に愚痴りましょう! 応援しています!」
仕事では「社内信頼資産」を蓄えることが大切
J‐CASTニュース会社ウォッチ編集部では、今回の育休明けの女性が同期に友人に「疲れる。全員敵に見える」と発言した問題について、女性の働き方に詳しいワークスタイル研究家の川上敬太郎さんに意見を求めた。
――今回の投稿と、回答者の反応を読んで、率直にどのような感想を持ちましたか。
川上敬太郎さん「投稿者さんのお気持ちもわかりますが、回答者の方々の厳しい指摘もまた、率直な反応なのだろうと感じます。
育休復帰後の仕事をスムーズに進めていくことはもちろん、また次の育休取得もありうることも視野に入れ、投稿者さんとしては周囲の感情に対するケアも仕事の一環だと捉えて、上手く立ち居振る舞うことが大切だと思います。周囲が協力的に動いてくれるかどうかは、投稿者さんのほうでコントロールできません。周囲の感情に配慮しながらうまく仕事を進めていくことで、『社内信頼資産』を蓄えるという観点が必要なのではないでしょうか」
――なるほど、「社内信頼資産」ですか。確かにそれはとても大切ですね。今回の論争の背景には「産休育休」をとった女性に対するフォローの問題があると思いますが、女性を支援する「しゅふJOB総研」の研究顧問をされていますが、今回のテーマに合うような調査をしたことがありますか。
川上さん「政府が育児休業期間を2年に延長することを検討していたころ(その後2年に延長されました)、仕事と家庭の両立を希望する主婦層の方々に延長について『育児休業期間延長についてどう思う?』と賛否を尋ねたことがあります。
延長について賛成する声のほうが多かったのですが、反対と回答した人も1割以上いました。その理由を尋ねると、最も多かったのが『時代の変化が早く、スキルが追い付かなくなる』、さらに『2年も仕事を離れるとポジションがなくなる』『会社に育休を歓迎しない雰囲気がある』と続きました。まさに、投稿者さんが悩まれていることと合致する内容だと思います。投稿者さんの悩みは、決して投稿者さんだけが特別なわけではなく、育休をめぐる悩みとして日本中の職場で起きていることなのだと思います」
「職場はママたちのサークルとは違う」
――しかし、投稿者の悩みは理解できるとしても、「全員敵に見える」という発言に関して、圧倒的に多くの人が「完全にアウト」「爆弾発言」と猛批判をしています。
川上さん「回答者の方々の指摘は、そのとおりだと思います。正しいか正しくないかではなく、必ずしも周囲が理解者ばかりではない環境の中で、反感を買うような言葉を発してしまうことは、不要なトラブルを招くことにつながります。仕事するうえで、不要な反感を買う言動はマイナスでしかありません。
職場はあくまで仕事をする場です。仕事をスムーズに遂行するためには、周囲と適切なコミュニケーションを取る必要があります。投稿者さんご自身の考えもあると思いますが、育休取得中に他の同僚たちが業務をカバーしてくれていたのだとしたら、『全員敵に見える』などという言葉は絶対に控えるべきひと言です」
――投稿者の発言に同期の人が「フォローしてもらっていたのだから、そういう考え方はやめたほうがいいよ」ときつめにアドバイスしたことを、多くの人が称賛しています。「同期さんはとてもいい人」「意地悪な人なら告げ口されている」というわけです。
川上さん「投稿者さんの同期自身が不快に感じていたから出た言葉である可能性もないとは言い切れませんが、他の同僚たちから反感を買わないように、投稿者さんのためを思って言ってくれた可能性も大いにありますね。もし同期のひと言がなければ、周囲から反感を買う言葉を自らが発していたことに、投稿者さんはいまだに気づけていないかもしれません。
一方で、同期からそのような言葉が出るのは、投稿者さんが育休を取得していたあいだ、他の同僚たちの業務負担が増えていた証拠でもあると思います。それは投稿者さんの職場が、育休を取得すると周囲に迷惑がかかってしまう環境だということです。それでは、育休は取得しづらいはずです。今や男性の育休取得を促進しようと法改正がなされている状況の中で、投稿者さんの職場は時代の流れに対して、後手に回っているように感じます」
――投稿者は、追加コメントで「(自分は職場が)育休復帰者には不安を取り除けるような環境つくりをするのは当然と思っていた」とか「育休明けのビクビクしたママたちに少しずつの優しさを分けてほしい」とも述べています。それに対しても「職場はママたちのサークルとは違う」という批判が寄せられています。
川上さん「会社が育休取得しやすい環境をつくるという意味では、投稿者さんの主張はそのとおりだと思います。しかし、残念ながら現時点でそれができている職場は決して多くはありません。投稿者さんが『育休復帰者には不安を取り除けるような環境づくりをするのは当然と思っていた』と考えていることは、素晴らしいことだと思います。また、自らが育休復帰者となった今のお気持ちもまた自然な感情だと思います。しかし、あるべき理想と現実とのバランスを見極めて立ち居振る舞わなければ、周囲には一方的な価値観の押し付けだと受け止められてしまいかねません」
「育休取得しやすい環境をつくることに頑張ろう」
――投稿者は今後、仕事を続けるうえでどうしたらよいと思いますか。同期との付き合い方も含めて、川上さんならどうアドバイスしますか。
川上さん「投稿者さんとしては、こうすべき、という考えがあったとしても、それを言動に出すか否かは状況を見極める必要があります。仮に投稿者さんの考えが正しかったとしても、不用意な発言で周囲の反感を買ってしまうことは仕事上プラスにはなりません。どういうタイミングに、どういう場で、どういう言葉を用いて伝えるかを慎重に考えていただきたいと思います。
投稿内容を見る限り、投稿者さんの職場は育休取得者が諸手を挙げて歓迎される雰囲気ではないようです。その点が『育休復帰者には不安を取り除けるような環境づくりをするのは当然と思っていた』と考える投稿者さんの認識や価値観との間に、大きなギャップがあるのだと思います。投稿者さんにとって大きなフラストレーションとなるギャップだとお察しします。しかし、その感情をストレートに出すだけでは、ご自身も周囲の同僚も傷ついてしまうはずです。
育休復帰者の不安を取り除く環境つくりは当然だ、と考える投稿者さんの価値観はそのまま大切にしていただきたい。そして、そのうえでより良い職場にしていくために投稿者さん自身には何ができるのかを考え、できることから実行に移してみてほしいと思います。そうすることで、投稿者さんご自身はもちろんのこと、今後同じように育休復帰する人が助けられ、育休復帰者を快く思わない人たちの感情も穏やかにできるかもしれません。
――「全員敵に見える」などとマイナス思考に陥らずに、自分から積極的に周りの環境を変えていこうということですね。
川上さん「はい。投稿者さんご自身のことや投稿者さんの考えを周囲に理解してもらいながら、少しずつ協力者を増やしていくことができれば、職場の雰囲気も徐々に変わっていく可能性があります。今回助言してくれた同期が、投稿者さんの最初の協力者になってくれるかもしれませんよ。職場を育休取得しやすい雰囲気に変えていくことができたら、その変化は、職場にとっても望ましいことであるはずです。
投稿者さんも、自分の価値観を押し付けるだけでは反発を招くだけです。それは、投稿者さん自身にとっても、同僚たちにとっても、職場にとってもマイナスです。それぞれの立場や考え方を尊重し、上手く立ち居振る舞いながら『社内信頼資産』を蓄積することで、ご自身にとって働きやすい環境をつくっていくことに取り組んでみていただきたいと思います」
――今回の「爆弾発言」騒動の背景には育休明け女性の復帰とフォロー問題があると思いますが、一般論として当事者たちは何に注意すべきでしょうか。
川上さん「育休復帰者にも、周囲で業務フォローしている同僚たちにも、どちらにも言い分があり、感情があると思います。当事者同士が個々にできることは、相手の立場を理解し、尊重しあうことだと思います。
一方で、個々の社員でできることは限られているのも事実です。どれだけ相手の立場を尊重しようとしても、現実的に業務のしわ寄せがきたり、育休復帰しても冷たい視線を浴びせられたりすれば、心は荒み疲弊してしまいます。根本的な対策は、育休取得しやすく、かつ成果もあげられるように会社が職場を再設計することに尽きると考えます。そういう意味では、投稿者さんも周囲の同僚たちも、育休取得しやすい環境になっていない職場の犠牲者なのだと思います」
(福田和郎)