「酸素吸入が必要な患者も自宅で療養してほしい」
新型コロナウイルスの感染爆発が止まらず、医療崩壊にイラだったのか、こんなトンデモ方針を菅義偉首相が決めた。
これまでは「中等症」以上の患者には入院措置をとっていたが、対象を「重症」患者らに絞ることにした。しかも、政府対策分科会の尾身茂会長も寝耳に水だという。「専門家の意見を聞いて」「国民の命を守る」という十八番のセリフはどこに行ったのか。医療従事者をはじめ、国民の怒りは沸騰している。
尾身会長「事前に相談ない」に議場が「ええ!」と騒然
こうした修羅場にまた戻るのだろうか。しかし、驚いたのは、政府のこの方針転換を政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長がまったく知らなかったことだ。
あれほど「専門家に諮ったうえで」が口癖だった菅義偉首相は、医療の専門家を無視して独断専行したわけだ。8月4日に開かれた衆院厚生労働委員会の閉会中審査で明るみに出た。
毎日新聞(8月4日付)「尾身氏『事前に相談なかった』 自宅療養原則への政府方針転換で」が、こう伝える。
「政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長は衆院の閉会中審査で、入院対象者を重症者らに絞り込む政府方針について、事前の相談を受けていなかったことを明らかにした。尾身氏は『政府とは毎日のようにいろいろなことで相談、連絡、協議しているが、この件に関して相談、議論したことはない』と述べた」
尾身会長のこの発言が出たとたん、議場には「ええ!」「おお!」と、どよめきが上がった。
分科会に諮らなかったことについて野党から問われた田村憲久厚労相は、こう説明した。
「病床のオペレーションの話なので政府で決めた。(今春に)大阪では感染が拡大して中等症で重い方々が病床に入れなくなった。(東京は)今はその感染拡大局面に入りつつある。このままでいくと中等症で入らないといけない方が病床に入れずに在宅で対応できないことが起こる。中等症でも軽い方は(病床を空けることで)重い方が来た時に入れるような状況を作る。国民の命を守るために必要な対応だ」
と釈明した。
これには与党・公明党の高木美智代氏も政府方針を批判したうえで、
「酸素吸入が必要な中等症の患者を自宅でみることはあり得ない。撤回も含めて検討し直していただきたい」
と求めたのだった。
こうした政府の強引は手法に医療の専門家たちから激しい批判が上がっている。TBSニュース(8月3日付)「菅首相が日本医師会に方針転換で協力要請 注文や批判も相次ぐ」の取材に応じた埼玉医科大学総合医療センターの岡秀昭教授は、こう語った。
「特に中等症の患者さんに関しては(私たちも)数日のうちに重症化するタイミングを見逃さないよう注意して診ています。医療に精通していらっしゃらない方々が(自宅で)その判断ができるのか、これはちょっと首を傾げる。在宅になると、出歩いてしまうリスクもある。そうすると感染がさらに広がってどんどん増えてくる」
倉持医師「菅首相も小池都知事も退任せよ」
日刊スポーツ(8月3日付)によると、この日放送のTBS系報道番組「Nスタ」に出演したコロナ治療の最前線にいるインターパーク倉持呼吸器内科院長の倉持仁氏は、菅義偉首相と小池百合子都知事に「2人とも至急お辞めになったほうがいい」と怒りの発言。「倉持先生」がツイッターのトレンド1位にランクインした。
倉持医師は、こう激怒したのだ。
「中等症Ⅱ(編集部注:中等症でも重い段階)とかで治療に介入していてはもう間に合わない。より早い段階で治療に介入しなければいけないので抗体カクテル療法を承認したはず。その治療は軽症のうちにしなければならないが、入院しなければ薬は使えない。言っていることがめちゃくちゃです」
つまり、中等症はこれまでのように軽いうちでも入院させなければ、悪化した時に治療自体ができないということだ。倉持医師はさらにこう憤った。
「菅首相と小池都知事がおっしゃっていることは、国民にまっとうな医療体制を供給しませんよというメッセージだ。こういう人たちに国を任せては国民の命は守れません。デルタ株がより手ごわくなっているのに、酸素飽和度の機器だけ渡して......。1年半も経っているのにこんなことを言っているのが、医療現場からすると信じられないし、まっとうじゃない」
と激しく2人を批判したため、キャスターのホラン千秋さんと、コメンテーターの星浩氏が「凍り付いて」しまったという。
「菅さん、コロナになっても絶対入院しないで」
今回の政府の「自宅放置」方針、インターネット上では激しい批判が起こっている。倉持医師の発言に、医療従事者から共感の声が寄せられた。
「コロナ病棟勤務の看護師です。倉持医師の発言は、現場の医療者みなの発言といっても過言ではありません。肺炎画像所見で呼吸状態が安定していた患者さんが増悪するのをよく目にしています。総理の発言はその状況を把握したうえだとしたら、即退任していただきたい。『国民の命を守る』と言った言葉はオリンピック開催だけの飾りなのですか。きっと中等症以上でなくても、国会議員は優先的に入院するでしょうね。瀕死の状態の一般国民を横目に」
「コロナ病棟ナースです。軽症でも悪化するパターンはフツーにあります。中等症なんて酸素やってもバリバリ悪くなって、ネーザルハイフロー(編集部注:特殊な管を使って鼻から高流量の混合酸素を流し続ける呼吸療法)導入してもダメで、さらに次の工程に移行する人はザラなんだわ。中等症で自宅療養? どうしたらそんなことになるのかが不思議。
独り暮らしの人はどうするのよ。保健所だって大変だから、とても腰が重くてなかなか病院にかかれって言わないんだよ。わかっているの、スガジジィ! こっちが『きた患者さんは必ずよくして帰す!」と、不安で泣いている患者さんに朝まで話を聞いて、好きでコロナになる人なんていないのよ。だからなんとしてもよくなってほしいと思ってみなでやっているのにさ。そういう判断ならば、もうアンタらはコロナになっても絶対病院にかかっちゃダメよ!」
政府が分科会の専門家にも諮らず、独断で決めたことに驚きと怒りの声が多い。
弁護士の佐藤みのりさんはこう指摘した。
「『中等症の軽いほう』を入院させずに守ることができるのか、専門家の意見を聞かないとわからないのではないでしょうか。そもそも『中等症の軽いほう」とはどこまでなのか、線引きも現場の医師や専門家でなければわからないと思います。正しい判断をするために、専門性の高い知見が必要となる場合には、専門家の意見を聞くことは必須です。裁判でも、法廷に専門家を呼ぶことはよくあります。最終的に判断するのは裁判官ですが、専門家の知識や意見を踏まえて判断するか、踏まえずに判断するかで、大きな違いが生まれると思います。政治は、国民みんなの利益をどう調整し、みんなが幸せに暮らせるようにするか、という問題ですから、政治判断には重い責任があります。人の命がかかっている政治判断を行うときに、専門家の意見を聞かないという姿勢には、疑問を感じます」
ほかにもこんな批判があった。
「『命と健康を守る』と言い続け、『高齢者の比率が減ってきている』とアピールし、『人流が減っているから心配ない』と言って、大丈夫、大丈夫と総理自らずうっと言い続けてきたのはなんだったのか。高齢者以外でも重症化するとだいぶ前から言われていたが、総理はそれでも大丈夫と言ってきたのは東京五輪のためだったのか。五輪が折り返し点にきて、ようやく危険であることに気づいたのか。感染者がどんどん増え続ければこうなるのは誰でもわかるが、肝心要の総理だけわからなかったのだろうね」
(福田和郎)