日本経済新聞(2021年7月21日付)に、グループウエア開発のサイボウズ、青野慶久社長のインタビューが掲載されていました。
テーマはテレワーク定着に向けたコツ。今やあらゆる企業で取り組みをはじめたホットテーマですが、同社はグループウエアを扱う企業という理由はあるにせよ、「自由な働き方を認めることで多彩な従業員が集まり、企業の競争力が高まる」と公言して、10年も前からテレワークを導入しそれを発展的に継続。これは青野氏の確固たる経営哲学のなせる業ではないかと感じ、氏の著作2冊を読んでみました。
そこにはテレワークにとどまらないアフターコロナに向けたヒントが満載だったのです。
3人に1人が退職...... 社員が辞めていくワケ
青野氏は大阪大学工学部を卒業し、技術者として松下電工に就職します。4年後ネット時代の幕開け期に、「ネットを活用した社内情報共有ツールで社会の役に立てないか」とグループウエアの開発に情熱を感じて、職場の先輩で後に初代サイボウズ社長となる高須賀宣氏、阪大時代の研究室の先輩である畑慎也氏と3人でサイボウズを起業しました。
独自のグループウエアをネットで販売するというビジネスモデルが当たって順調な滑り出しをするも数年後にはジリ貧に転じ、二代目社長に座った青野氏はその状況をM&Aによる事業拡大で凌ごうと画策。これが経営の方向感を失うことになって求心力の低下が深刻になります。
離職率28%。年間で3人に一人が辞めるという危機的な状況に、M&Aで買った企業群の売却を決め、青野氏はゼロベースでの経営の立て直しを決意したといいます。
「さまざまな企業の人たちが、自分たちが作ったグループウエアを喜んで使ってくれることをめざして、ワクワクしながら起業したハズだった。しかし気が付けば売上伸展ばかりに囚われる会社となってしまい、多くの仲間がワクワク感を感じることなく疲弊し夢を失わせることで組織からの離脱を促してしまった。今こそ原点に帰るべきだと考えた」と。
青野氏は多くの社員が辞めていった理由を、「理想を実現したいのにそれができないとわかるから辞めていく」と考え、「社員一人ひとりの理想が実現できる会社」づくりをめざすことにします。
すなわちそれは社員一人ひとりの「多様性」を認めることであり、「多様性」を何よりも上位に置いて組織風土を変えようとしたのです。もちろん単に社員の勝手を認めたのでは組織がバラバラになってしまうわけで、大前提として青野氏が考える創業精神に根差した理念とビジョンをしっかり共有するという軸を定めたといいます。
苦悩の末たどり着いた理念は「チームワークを高めることで、理想が実現できる会社」、ビジョンは「世界で一番使われるグループウエアメーカーになる」。この共有を社員に求めることの最重要ポイントに据え、また採用時の判断にもこれを最重視してぶれない組織風土を確立。そして、一人ひとりの多様性を実現するために時間と場所の自由を与える具体策として、フレックスやテレワークという制度をいち早く導入したというのが、世間一般に10年先んじたテレワーク本格導入の真実だったのです。
「ニューノーマル・マネジメント」へのヒント
「組織風土と制度はクルマの両輪」と公言してはばからず、その後も副業許可や最長6年の育児休業および介護休業制度などを続々と導入。青野氏自ら率先して3度の育児休業を取得するなど、多様性を尊重する風土の定着を積極的に進めています。
青野氏が手掛けた改革の真意を追いかけてわかるのは、氏がサイボウズで行なってきたことは「真」のダイバーシティに他ならないということです。
ダイバーシティは我が国の多くの企業がテレワークに先立って、その取り組みを意識し始めた新たなマネジメントのキーワードです。しかし実際のところ、正しい理解をもって取り組んでいるケースは圧倒的に少なく、大半は「女性活用しています」的なポーズであったりして、本来的な趣旨である多様性の尊重からはほど遠いのです。
すなわち青野氏の経営哲学から逆算的に教えられるのは、テレワークというもの自体が本来は「多様化=ダイバーシティ」支援の重要ツールであるということなのです。
それに対して、今のコロナ禍における企業のテレワーク対応はどうでしょう。感染防止がその導入のきっかけであったとしても、コロナ禍環境1年を経て徐々にテレワーク推進からリアル中心に逆戻りしつつあるビジネス環境をみるに、大半の企業においてはテレワークを「多様化=ダイバーシティ」と結び付けては考えてられていないと思え、なんとも残念な印象を拭えないところなのです。
経営者としての大きな挫折から、多様化をキーワードとした経営改革の一環でテレワークを10年前に本格導入し、真のダイバーシティ経営の実現に取り組んで成果をあげてきたサイボウズ青野社長。彼の経営哲学は、アフターコロナに向けたニューノーマル・マネジメントのあり方を探る大きなヒントとして、多くの企業経営者に知って欲しいと思うところです。(大関暁夫)