「10分でお届けします」
とは、ネットスーパーの売り文句。
コロナ禍のドイツでは、インパクトのある売り文句でユーザーにアピールするネットスーパーが次々に現れました。
注文から支払い、配送完了までアプリで完結。もちろん、配達員の動きはマップ上に表示されます。ウーバーイーツなどのフードデリバリーサービスで日本でもお馴染みのスタイルですね。
本当に10分で配達される? ネットスーパーGorillasを体験
小売店の閉鎖を含む厳格なロックダウンが実施されていた時期も、スーパーマーケットは営業を許可されていました。しかし、人数制限があるなか、時間帯によっては長蛇の列ができていましたし、濃厚接触者となり自宅待機を余儀なくされた人にとってはライフラインとも言えるサービスでした。
ドイツにおいてネットスーパーそれ自体は目新しいものではなく、大手スーパーのREWE(2011年)やEdeka(2017年)がサービスを提供していました。そこへ新型コロナウイルスのパンデミックです。急成長する市場で、GorillasやFlinkなどベルリン発のスタートアップは創業1年未満でユニコーン企業(評価額10億ドル以上)に名を連ねるなどブームをけん引しています。
デルタ株の拡大が懸念されるなか、人との接触を極力避けられる手段は確保しておきたいですし、それでなくとも小さな子どもを連れて買い物をするのはひと仕事。食材や日用品を玄関先まで届けてくれるというのは大変魅力的なサービスです。
じつは、私のスマートフォンの中には数か月前からPicnicのアプリが入っています。Picnicはオランダから進出してきたネットスーパーで、配送無料ですが最低購入価格が35ユーロ(約4500円)、配達は翌日以降の時間帯を選べます。同社のキャパを超えるユーザーが殺到しているそうで、現在ウェイティングリストの順番は1万2752番です......。
利用開始まで、まだ何か月も待つ必要がありそうなので、次にダウンロードしたのが冒頭のキャッチフレーズ「10分でお届けします」でお馴染みのGorillasです。私が住む地域がサービス対象地域になったばかりということもあり、こちらはすぐに利用可能でした。
Gorillasの場合、最低購入価格はなく、送料は1.80ユーロ(約230円)。それぞれの商品の価格は格安スーパーに敵わないまでも、よく抑えられています。
自宅の住所を登録すると、「12分」と表示され、配達員がスタンバイしていることがわかりました。アプリ内の買い物カゴに購入したい商品を入れて、オンライン決済完了。
「本当に12分で来るのかな?」
「野菜の鮮度はどうかな?」
と、ドキドキ待つこと12分。時間ぴったりに配達員が電動自転車に乗って家の前に到着!
ロゴの入った大きなリュックサックから取り出された野菜は新鮮、商品の入れ間違えもなし。配達員のお兄さんはフレンドリーな笑顔で、英語で対応してくれました。
ドイツ語は話せないそうです。
スマホから指一本で注文し、十数分後には「ピンポーン」と呼び鈴がなるという新しい体験から得られた軽い興奮。しかし、同時に「このビジネスは成り立っているのかな?」という疑問が頭をもたげます。
ベルリンでGorillas配達員が山猫スト!
スタートアップの希望の星と目されていたGorillasでは今年2月、6月、そして7月と続けて従業員や配達員による「山猫ストライキ(労組を経由しない従業員の就業拒否)」や店舗の封鎖が複数回実施されています。
私が経験したように、配達員の多くはEU以外の国から来た若者たちです。彼らはドイツ語をほとんど話せないため、ドイツの労働市場で苦戦を強いられてきたと考えられます。ベルリンの法定最低賃金が9.60ユーロ(2021年7月1日から、約1200円)と定められているなか、Gorillasの配達員の時給は10.50ユーロ(約1300円)です。
そんな彼らが、Twitter上で「Gorillas Workers Collective(ゴリラ従業員共同体)」を組織し、迅速な給料の支払いや電動自転車の安全性、悪天候にも対応できるレインウェアなどを雇用主に要求しています。
そして消費者は、このような強硬手段に出るGorillasの従業員を概ね支持しています。つまり、Gorillasが雇用主として魅力的ではないということが、ブランドイメージを著しく低下させています。
ほんの少しの便利のために、誰かの生活を脅かすのは本望ではないのです。その誰かは、自宅まで来てくれる配達員であり、顔の見える彼らが搾取されている現実に消費者は無関心ではいられません。
利便性や価格という消費者が直接受け取るサービスだけではなく、企業活動が社会に与える影響や持続可能性が、サービスを選ぶポイントの一つになっていることを改めて突きつけている一件。Gorillasは雇用主としてどういう答えを出すのか、今後の動向に引き続き注視していきたいと思います。(高橋萌)