東京五輪・パラリンピックが2021年7月23日に開会式を迎える。新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期され、いまなお世界各地で猛威を振るっている中での開催に、さまざまな議論が巻き起こっているが、アスリートの活躍には応援の声を届けたい。そう思っている人は少なくないだろう。
そんなことで、7月はオリンピックとスポーツにまつわる本を紹介しよう。
ウィンブルドン選手権(全英オープン)の男子シングルス決勝が2021年7月11日に行われ、第1シードのノバク・ジョコビッチ(セルビア)が3連覇を果たした。4大大会(グランドスラム)でも、全豪、全仏、ウィンブルドンと今季3連勝と圧倒的な強さを示した。
また、グランドスラムの通算優勝回数もロジャー・フェデラー(スイス)とラファエル・ナダル(スペイン)の男子最多20勝に並んだ。本書「ジョコビッチはなぜサーブに時間をかけるのか」は、その強さの秘密を探るとともに、他の有名選手の凄さ、テニス固有の魅力について、名解説者として知られる鈴木貴男さんが書いた。本書を読み、これまで、なんとぼんやりとテニスの試合を見ていたのか、と反省するだろう。
「ジョコビッチはなぜサーブに時間をかけるのか」(鈴木貴男著)集英社
ジョコビッチの「ずる賢さ」
著者の鈴木貴男さんは、1976年札幌市生まれ。全日本選手権シングルスで3度優勝。デ杯代表選手として通算41勝を記録。ATPシングルスランキングは最高102位の「現役レジェンド」だ。
ジョコビッチがまだ17歳の頃、鈴木さんは対戦。勝ったことがある。「たしかにいい選手ではありましたが、まだ身体が大きくなかったこともあり、それほど将来性を感じなかったというのが正直なところです」と書いている。
あまり強い印象を受けなかったのは、フェデラーやナダルのような「突出した個性がなかったからかもしれない」という。逆に言えば、総合力が高く、どのサーフェス(表面)でも満遍なく勝てる選手、と評価している。
一つ特徴を挙げると、不調でも執念深く戦う、「ずる賢さ」だという。サーブの前に何度もボールをついて相手のリズムを乱すのもその表れだ。さんざん待たされてジリジリしているところに、あっという間に打つ。リターンのタイミングが合いにくくなる。本書のタイトルもそこに由来する。
鈴木さんはテニスの特徴として、グラス(芝)コート、ハードコート、クレー(土)コートとさまざまなサーフェス(コートの表面)があることをまず挙げている。ボールのスピードや弾み方、フットワークに与える影響が異なるため、選手によって向き不向きがある。
「史上最高のテニスプレーヤー」と称されるフェデラーは、グランドスラム20回の優勝のうち、グラス(芝)コートがウィンブルドンの5連覇を含めて8回。ハードコートでも全豪で6回、全米で5回優勝。しかし、グランドスラム大会で唯一クレーコートを使用する全仏では1回しか優勝していない。クレーが不得意といえよう。
一方、「ビッグ3」のひとり、ナダルは全仏オープンで13回も優勝している。ほかの3大会での優勝回数は合わせて7回だから、クレーコートを得意にしている選手だ。
スペインは国内の大会にクレーコートが多いのも理由だが、強烈なトップスピンをかけたストロークを武器とするナダル。クレーコートはボールが遅くて高く跳ねるのが特徴だが、トップスピンをかけたボールはバウンド後にあまり失速しない。高くバウンドしながらも伸びるので相手は対応が難しい。だからクレーコートでは強い武器になる、と説明する。
ジョコビッチが迷う理由
ボールのスピードがいちばん早い芝、いちばん遅いクレー。バウンドが低い芝、高く弾むクレー。クレーの全仏と芝のウィンブルドンは短期間に立て続けに開催されるので、プレーの切り替えが難しい。だから全仏とウィンブルドンを同じ年に優勝するのは至難の業だという。
今季のジョコビッチは、全豪、全仏、ウィンブルドンと制覇。8月の全米に勝てば、「年間グランドスラム(同じ年に四大大会全制覇)」達成を果たすことになる。テニス史上で同じ1年で4つのグランドスラム大会すべてで優勝した男子プレーヤーは、1938年に達成したドン・バッジ(アメリカ)と1962年と69年に成し遂げたロッド・レーバーの2人しかいない。いかに、現在のジョコビッチが強さの頂点にいるかがわかる。
ところで、ジョコビッチは、ウィンブルドンで勝った後、東京オリンピックでプレーするかまだ迷っているという。無観客での開催となったことや新型コロナウイルスの対策による制限が理由のようだ。
「今、僕の気持ちは二分されている。ここ数日に聞いたことがあるから、50-50(フィフティ・フィフティ)というところだ」とコメントしている。
規制のために帯同できるスタッフの人数が制限されることを気にしているという。ナダルはすでに欠場を決め、フェデラーもケガを理由に欠場する、と発表した。
もし、ジョコビッチが東京五輪と全米オープンで優勝すれば、ジョコビッチはゴールデンスラムを達成した史上初の男子プレーヤーとなれる。女子では1989年にシュテフィ・グラフ(ドイツ)が、この偉業を成し遂げている。 ジョコビッチが東京に来るかどうか。いま世界のテニスファンが固唾をのんでその挙動を見つめている。(渡辺淳悦)
「ジョコビッチはなぜサーブに時間をかけるのか」
鈴木貴男著
集英社
858円(税込)